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玲央side 第12話(1) 残光の文化祭

今までの俺の人生──と言っても、たかだか16年くらいだけど、 愛とか恋なんて感情とは無縁に生きてきた。 この顔のせいで、男女問わず告白されたことは何度もある。 でも、自分が誰かを好きになることはなかった。 自分を偽って生きてきた俺には、誰かと付き合うなんて考えられなかったんだ。 それなのに、あいつと出会ってからは感情がジェットコースターだ。 好きだと思って有頂天になったかと思えば、友達だと断言されて奈落に落ちる。 恋って、もっとゆっくりと時間をかけて育つもんだと思ってた。 こんなにも心を揺さぶられて、こんなにも疲れるものだとは知らなかった。 今はもう、ほとんど諦めたつもりだ。 それでも、一日に何度もあいつのことが頭をよぎる。 俺もしつこいな……。 ──諦められるものなら、とっくに諦めてるんだ。 蓮と連絡先を交換した夜。 夕食後にスマホを見ると、蓮からLINEが届いていた。 「今日はありがとう」 「情報科の女装喫茶、楽しみにしてる」 当たり障りのないメッセージ。 俺も“表の僕”で返す。 「僕は裏方だから会えないけど、調理頑張るね」 数秒後、通知音が鳴った。 「後夜祭って、誰かと予定ある?」 俺は勘付いた。 昼間言ってた聞きたいこととは、このことか。 予定はない。誰かを誘うつもりもない。 ……でも、その瞬間、あいつの顔が浮かんだ。 ──あいつは、誰かと後夜祭を過ごすのかな。 その誰かが、あいつの特別かもしれないと思うと、胸が押しつぶされそうになる。 けど、自分から連絡する勇気なんて、もうなかった。 それに、蓮のことも嫌いじゃない。 断る理由も今は見つからない。 「ないよ」 少し時間をおいてから送り返す。 またすぐに返信が届いた。 「良かったら後夜祭、一緒にいてもいい?」 予想どおりの展開。 でも、指は止まらなかった。 「うん。いいよ」 送信ボタンを押したあと、少しだけ後悔する。 やっぱりあいつのことを考えてしまうから。 こんな気持ちのまま蓮と一緒にいるのは、失礼かもしれない。 それでも──蓮といれば、あいつを考えなくて済むかもしれない。 ──俺、最低だな。 自分のやろうとしてることに、自己嫌悪する。 鬱屈とした女々しい感情に吐き気がする。 そう思いながら、俺は後夜祭の約束を受け入れることにした。 そして、文化祭が始まった。 1日目は音楽祭や体育祭、そして前夜祭がある。2日目から3日目にクラスの出し物やステージイベントが始まる。 俺たちの女装喫茶はそれなりに繁盛していて、俺もせわしなく働いていた。 調理担当は6名が3人ずつ交代で働くことになっていた。 俺は女子二人と一緒のグループになっていたから、力仕事を任された。 かき氷の氷を削ったり、硬い果物を切ったり。 慌ただしく時間が過ぎて、あっという間に3日目も終わってしまった。 売上はかなり良かったらしい。 クオリティの低い女装男子たちが、女性のお客さんに何故かウケていた。 おかげで俺も忙しく働けて、頭の中のモヤモヤを追い払うように過ごすことができた。 それに、単純に楽しかった。 気づいたらたくさん笑ってた気がする。 「俺、やっぱり滝沢くんの女装も見たかったな。いや、無理にしてほしいとは思ってないけどね。」 田原が俺に耳打ちしてきた。 こいつも大概にしつこいな。 でも、無理矢理やらせようとしてこないのは、俺のことを考えてくれてる証拠かな。 「僕は着ないよ。」 そう言って、俺はにっこり笑った。 自分の気持ちを相手に伝えても嫌われない。 これは、あいつに教えてもらったこと。 俺が俺らしくいてもいいって思えた、最初の一歩。 あいつのことを考えた瞬間、胸の奥が少し切なくなった。 片付けも一段落して、教室には緩い空気が漂っている。 俺と田原は他愛のない話で今日の余韻に浸っていた。 そろそろ後夜祭が始まる時間だな……と考えていたとき。 「玲央くん」 振り向くと、教室の入り口に蓮が立っていた。 その声に振り向いたのは俺だけじゃなく、教室にいたほとんど全員だった。 みんな、頬が赤くなってるぞ…… 文化祭特有の空気も相まって、蓮のもつ雰囲気が助長されていた。 「玲央くんたち、片付け終わった?」 クラスのみんなは次に俺を見つめた。 隣にいる田原なんて目をまんまるにしてこっちを見ている。 俺は苦笑いしながら答えた。 「あー、うん。終わって休憩してたところ」 「そっか、じゃあ後夜祭行ける?」 クラスのみんなは固唾を飲んで俺達の会話を聞いていた。 そんな空気に耐えられなくなり、俺は蓮の近くに移動した。 「うん。とりあえず行こう」 田原に目線で“じゃあね”と挨拶をしてから、俺は蓮と一緒に、逃げるように教室をあとにした。 廊下に出ると、何かわからないけど、最近の流行りの曲が遠くから聞こえてきた。 クラスの視線から解放されたはずなのに、俺の胸の奥はまだ落ち着かない。 蓮と並んで歩いてるせいか、どこにいても視線を感じる。 「はぁ……」 つい、ため息が漏れた。 「疲れたね」 蓮が俺を気遣って声をかけてくれる。 俺の今の疲れは文化祭のせいではないけど、とりあえず頷いておいた。 「俺たちのクラスは展示物だったから、昨日と今日はほとんど何もしなかったよ」 蓮が会話を繋いでくれる。 「でも、それまでの準備は大変そうだったね」 俺は以前、蓮がノコギリで板を切ってるのを見ている。 なかなか大変な作業だと思う。 「俺たちの展示物は見た?」 その言葉に──ドキッとした。 「ううん。ごめん、忙しくて行けなかった」 これは、嘘だった。 わざと行かなかった。 あいつがいるかもしれないと思うと、行けなかった。 ──本当は行きたかった。 でも、会うのが怖くて勇気が出なかったんだ。 「そっか。俺たちのクラスで忙しそうにしてたのは柊斗だけだったよ」 あはは、と笑う蓮の言葉にピクッっと反応してしまった。 文化祭の間、一度もあいつの姿を見てなかったのは、お互いに忙しかったからなのか……。 ──誰かと一緒に文化祭まわってたり、したのかな やっぱり俺はそんなことを考えてしまう。 すると蓮が笑いながらあいつの話を続けた。 「柊斗、変な綿あめ配ってたんだ」 「変な綿あめ?」 なんだそれ? ポップな色がついてるやつかな? 「黒とか茶色とか、どす黒い綿あめだったよ。それをお客さんに配ってる柊斗が楽しそうでさ……」 蓮がその綿あめを思い出して笑っている。 あいつ、そんなことしてたのか。 「あはは。あいつらしいな」 あいつのことを考えていたら、つい“素の俺”が出てしまった。 ハッ、と気がついて蓮の様子を伺うと、こっちを見て優しく笑っていた。 「玲央くんに『あいつ』って呼ばれてる柊斗、羨ましいな」 その言葉に驚いた。 もしかしたら蓮は、普段の俺が性格を取り繕ってることに気がついているのかも。 「いや……ごめん、変な言葉遣いを……」 俺が慌てて訂正しようとしたときだった。 廊下を歩いている俺たちの後ろの方がザワザワとうるさくなってきた。 徐々に周りの声が大きく近くなってきて、誰かが走るような足音が聞こえてきた。 何かと思って俺と蓮が振り返った瞬間…… 「玲央!!」 その声だけが、廊下の喧騒を切り裂いて、まっすぐ俺に届いた。

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