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第14話 違った見え方
俺と玲央は、映画には行けなくなったけれど、相変わらず放課後は一緒に下校していた。
ただ、最近の玲央の様子はどこか暗い。
悩みがあるのかと思って「何かあった?」と聞いてみても、返ってくるのは決まって「大丈夫」だけ。
話をしていても、いつも上の空で、なかなか笑顔も見せてくれなくなった。
俺には言えない悩みなのかな──そう思うしかなかった。
そんなある日、玲央が突然口にした。
「しばらく会えない」
やっぱり何かあったんだ。
そう思っても、どうしてあげることもできない。
俺には打ち明けられないことなんだろう。
無理に聞くのはやめて、そっとしておこうと決めた。
それから二週間。
学校では中間考査が終わって、俺はダラダラと夏休み前を過ごしていた。
玲央からの連絡は途絶え、顔を合わせることもない。
まるで、出会う前に戻ってしまったかのように、淡々とした日常だけが流れていた。
今までは満足していたはずの毎日が、玲央がいないだけで物足りなさを感じていた。
……そんな歯がゆさが、胸の奥で燻り続けていた。
──俺、今までどうやって笑ってたっけ
俺もかなり滅入っている。
別に、玲央が本当にいなくなったわけじゃないのに。
会おうと思えば会えるのに。
それでも俺は、玲央の気持ちが落ち着くまで待とうと、意気地のない決意をしていた。
「購買でパン買ってきまーす」
昼休みになり、尚弥に伝えて教室を出ようとしたときだった。
「柊斗、俺も一緒に行きたい」
蓮が俺の後ろから声をかけてきた。
蓮と二人で購買に行き、また教室に戻ろうとすると、
「柊斗、今日は二人で食べてもいい?」
と蓮が言い出した。
蓮からこんなことを言い出したのはこれが初めてだった。
何か話したいことがあるんだろう。
その内容は、なんとなく想像がついていた。
きっと、文化祭のときのことだろうな……
俺は、自分の予想を心に留めながら、先を歩く蓮の後について行った。
ギィ……
見慣れた鉄製の扉を開けると、外は雨が上がったばかりだった。
「コンクリート濡れてるよ」
俺が言うと蓮が困った顔を見せる。
「雨降ってたの忘れてた。これじゃ座れないね。」
蓮はたまに抜けてるところがある。
それもまた蓮の魅力になっているけど。
「いいよ、ここで食べよ」
俺は、屋上の入り口のちょっとした屋根の下で、立ちながらパンの袋を開けた。
「うわー、ワイルドー」
そう言いながら、蓮もおにぎりを食べ始めた。
雨上がりの7月の昼休み。
湿った匂いと生暖かい風が吹いている。
俺たちは広いはずの屋上の、唯一乾いてる狭い場所で窮屈そうに立ってお昼ご飯を食べている。
かなりシュールな状況だった。
「プッ、なんで俺たちこんな場所にいるの」
蓮が堪らず吹き出した。
「それは俺のセリフだわ」
俺も笑いながら言い返す。
穏やかな空気が俺たちを包んだ。
俺が2つめのパンを食べようとしたときだった。
「柊斗は……玲央くんが好きなの?」
突然蓮が、予想もしていなかったことを聞いてきた。
「え?」
危うくパンを落としそうになる。
──俺が、玲央を……好き?
「さすがの俺でも、あの文化祭のときの柊斗を見たら……気がついたよ」
俺も慌てて答えた。
「あのときは、俺もごめん。」
──玲央しか見えてなかった。
蓮は真剣な眼差しで俺を見た。
「でもさ、あのときちゃんとわかったんだ。
──あぁ、柊斗は玲央くんのことが好きなんだって」
そうでしょ?と、俺に視線を送る蓮。
俺の体がガチッと固まった。
蓮の視線が俺の動きを止めてしまった。
混乱して、指の先も動かない。
──そうなの?俺、あのときは玲央を奪いたかっただけで。え、でもそれって……
「俺、鈍いから気づくのが遅かったけど……ずっと、そうだったんだろ?」
何か言い返さなきゃいけないのに、喉が動かない。
心臓の音だけが大きく響いている。
俺は視線をなんとか空へと逸らした。
まだ重たい雲は残ってるのに、淡い光が隙間から差し込んでいる。
「もし俺がちゃんと気づいてたら、柊斗を困らせるようなことはしなかった。
最初から……応援してたよ」
──応援。
その言葉に、胸が詰まった。
俺はずっと「敵」みたいに思ってたのに。
憧れの友達が、本当は俺を支えてくれようとしてたなんて。
けど同時に、俺の心の奥では別の声が囁いていた。
──そんなこと言われたって。
俺は……玲央にどうすればいいんだ?
答えが出せないまま、俺は湿った風を吸い込んだ。
「あ、俺……」
沈黙が辛くて、俺が何か言おうとしたとき、蓮が遮るように声をかけてきた。
「もうすぐ夏休みでしょ?だから、その前に柊斗に俺の気持ちを伝えたかっただけなんだ」
「……蓮の気持ち?」
思わず聞き返す。
蓮は少し俯いて、でも笑った。
「うん。俺は玲央くんを気になってたけど、それ以上に──柊斗のことを友だちとして大事に思ってる。
だから、柊斗には隠したくなかったんだ」
良いやつ過ぎるだろ……
俺は率直にそう思った。
──こんな俺と蓮が対等なんてありえない。
蓮はイケメンで、真面目で、友だち思いで、みんなの憧れだ。
玲央の隣に似合うのは、俺じゃなくて蓮だ。
「ありがとう、嬉しいよ。でも俺なんかと蓮が対等なんて、そんなこと……」
──ありえない。
俺は苦笑いとともに俯いた。
けれど蓮は首を横に振って、俺を見据える。
「柊斗はよく、“俺なんか”って言うよね」
「俺からしたら、全然“なんか”じゃない。柊斗のことすごいって思ってんだから」
「俺のすごいとこなんて、皆勤賞くらいだろ?」
「そんなことないよ。だって、クラスのいろんな仕事、柊斗が一番にやってくれてるじゃん」
蓮の言葉に俺は目を見開いた。
「俺が気づいたときには、もう柊斗がやってるんだ」
胸が熱くなる。
誰も見てないと思ってた。
でも──見てくれていたんだ。
「俺も柊斗みたいに気を回せるようになれたら……なんて、思ってんだよ?」
その言葉に、俺の中の大きな氷が音を立てて割れていく。
今まで固執していた自分の立ち位置が、グラグラと揺れて立っていられない。
ずっと憧れてきた“主人公”みたいな存在の蓮が、俺のことをそんなふうに思ってくれていたなんて。
体が震えた。
ずっと「背景でいるのが似合う」って思ってたけど……もし俺が本当に誰かの役に立てているなら。
もし、俺が誰かの“特別”になれるのなら──そんなことを考えてもいいのか?
でも同時に、頭の中で声がこだまする。
──玲央は、俺にとって……
ぐちゃぐちゃに絡まった思考の糸が解けなくて、俺はただ蓮の顔を見つめて石のように動けなくなっていた。
蓮は俺の反応を気にする様子もなく、軽く肩を叩いて言った。
「答えはいらないよ。俺は柊斗の味方でいたいってだけだから」
叩かれた背中から全身の力が抜けていった。
ゆっくりと蓮に視線を移し、お互いに顔を見合った。
蓮がフッと目を細めて笑いかけてくる。
そして、どちらともなく視線を外す。
「そろそろ歩けそうじゃない?」
蓮が濡れた屋上を歩いていく。
雨上がりの湿った空気とぬるい風。
体にまとわりつくそれが、今はどこか清々しく感じる。
「うわっ……上靴濡れた……」
屋上の端っこで、水溜りに足を入れたらしく、蓮が俺に足を見せてきた。
「ぶはっ!バカじゃん」
俺も蓮の隣に立ち、フェンス越しに空を見上げた。
高い空に、気持ちのいい青色が覗いている。
南西の空が晴れていて、これから強い夏の日差しになりそうだった。
──味方。
さっき蓮が言ってくれた言葉が、まだ胸に温かく残っている。
「蓮、ありがとう」
俺は空を見上げながら隣の蓮に今言える気持ちを伝えたい。
これだけは、伝えたかった。
「そうだな……2リットルジュース、5本分かな」
「え、お返し?高くない?」
蓮がアハハと、笑ってる。
俺は、蓮の隣に立って一緒に笑えるだけで、特別な時間に感じていた。
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