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第16話 届かない指先
告白が失敗に終わり、家に帰った俺は、寝付けずにベッドの上でスマホを眺めていた。
最後に交わした玲央とのLINE。
明らかに様子がおかしかった。
その理由がなんだったのか、はっきりはわからないけど……たぶん、俺が何かしたんだろうな。
こんなに長い間連絡が来ないのはおかしい。
嫌われてはないと──思いたい。
俺はスマホの画面を暗くして、目を閉じた。
「玲央……」
玲央に会うのが少し怖い。
体がベッドに沈み込んでいくみたいだ。
でも、玲央の気持ちがどうであれ、俺は自分の思いを玲央に伝えることを心に決めた。
翌日、学校では夏休み前の全校集会の日で、全校生徒がゾロゾロと廊下を歩いていた。
俺は、尚弥と智成の間に立ち、フラフラと半目で歩いていた。
「柊斗〜、まっすぐ歩けよ〜」
尚弥が俺の腕を支えながら声をかけてくる。
「あぁ、昨日ほとんど寝てなくて……」
「目の下、隈がすごいな」
智成が俺の顔を覗いて、心配してくれる。
昨夜はあれから殆ど眠れずに朝になっていた。
それでも玲央にひと目だけでも会いたいという気持ちだけで、俺はフラフラになりながら学校に来ていた。
俺たちが歩く先に、他のクラスの人混みが見えてきた。
──玲央いるかな
俺は、さっきまで半分しか開いてなかった瞼を、しっかりと開けて玲央がいそうな場所を探した。
「あ、滝沢くんだ」
「……っ!どこ?」
その声に即座に反応した俺は、智成の目線の先を追った。
智成の視線の先。
そこには、情報科の列に並ぶ玲央の姿があった。
周りの奴らがざわつく中、玲央だけはどこか別の空気を纏っているようで、すぐに目に飛び込んできた。
柔らかい黒髪が、この距離からでもサラリと揺れている気がした。
心臓が、いきなり速くなる。
胸の奥で何かが暴れて、息をするのも苦しい。
「玲央……」
小さくつぶやいた声は、雑踏にかき消された。
けれどその瞬間、まるで引き寄せられるように玲央が顔を上げ、俺と目が合った気がした。
一瞬──ほんの一瞬だけ。
周りのやつらの存在は消えてなくなり、俺たちだけがそこにいるような気分になった。
玲央はすぐに視線を逸らし、前を向いた。
何事もなかったように歩いていく背中に俺は焦りを感じた。
今、玲央を見失ったらもう会えないかも……
そんな焦燥に駆られて、俺はフラフラとクラスの列から離れていく。
「柊斗?どうした?おーい!」
後ろから尚弥の声が聞こえるけど、俺は玲央だけを見つめて、他のクラスの塊に踏み入っていく。
──玲央、玲央……
周りの騒々しい音も、俺の耳には何も入ってこないようだった。
ただ、目の前の愛おしい後ろ姿を追いかけた。
体育館に近づくにつれて、人の波に紛れた玲央の姿が遠ざかっていく。
必死に掻き分けながら、俺はその姿を逃すまいと後を追った。
「──玲央!」
体育館の入り口手前で、ようやく俺の声が玲央に届いた。
玲央は足を止めて振り返った。
その顔は、とても苦しそうに見える。
「──玲央、俺……」
俺が玲央に手を伸ばした瞬間、突然玲央が列から飛び出して体育館の外側へ走り出した。
「え?!玲央!!!」
俺は人の列を突き飛ばすように抜けて、玲央の背中を追いかけた。
俺のいた場所は人が多くてなかなか前に進めなかった。
体育館に流れ込んでいた生徒たちがざわめき、後ろから「おい、危ないって!」という声が飛んでくる。
だけど俺には何も聞こえなかった。
視界のすべては、ただ逃げていく玲央の背中だけ。
──待ってくれ……!
やっと外に抜けると、梅雨の晴れ間の鋭い日差しが俺を照らした。
寝不足もあり、立っているのもやっとなのに、俺は必死であたりを見回した。
目の前にいたはずの玲央の姿は、どこにも見当たらなかった。
夏の太陽に目を細めながら、俺は必死に玲央の影を探した。
でも、どこにもいない。
さっきまで確かにそこにいたはずなのに──まるで最初からいなかったみたいに消えていた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
胸が焼けるみたいに痛い。
汗が額を流れ落ちても、拭う気力すらなかった。
(俺、また……届かなかったのかよ)
その場に立ち尽くして、どうしようもない無力感に押しつぶされそうになる。
けれど、足は自然と動き出していた。
──玲央なら、どこに行く?
思い出す。
玲央が逃げる場所。
絶対に見つかりたくないときに、俺と出会ったあの場所。
今度こそ俺は、前を向いて足を踏み出した。
玲央は絶対にそこにいる自信があった。
自然と俺の歩調は駆け足になっていく。
「はぁ、はぁ……玲央」
俺は学校の隅にある、人気のない場所まで来ていた。
ここはいつも俺が原付きを停めてある、あの駐輪場だった。
強い日差しを遮るように、数台の自転車がボロい屋根の下に置いてある。
空は高く入道雲が縁を飾っている。
久しぶりの青空にセミの声が響く。
──ザリ、ザリ……と、俺の足が砂利を踏む音がやけにうるさく感じる。
西の端、いつもの位置に俺の原付きが置いてある。
そこに──彼は、いた。
ボロい屋根からまだらに差し込む光の中で、体を丸めて蹲っている。
「玲央」
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