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トーゴの家の離れを住居として使わせてもらえることになった俺は、そこに生活の拠点を築いた。
俺は昨日生まれて初めて妻を迎えたが、一緒に住む事は出来ない。なぜなら、村人全員が俺の妻であるからだ。
総勢何人いるのだろうかと村の人口をトーゴに確認した所、百人弱だという答えが返って来た。そのため、俺は妻たちの全員の名前と顔を全然覚えていないという、なかなかの酷い男と化していた。
それでも村人たちは全く気にした様子はなく、俺を見れば目をハートにしながら頬を赤らめ「アルファ様、お慕い申しております」と、前世の人生では一度も誰にも言って貰った事のないような嬉しいセリフを携え俺の傍へと寄って来た。
俺はというと、突然何人もの男たちからモテモテになるというこの状況に対して、意外と悪い気はしていなかった。可愛い女の子たちに囲まれる事が最大の願望ではあったが、チヤホヤしてくれるのなら男でも女でも構わないような気持ちになっていた。ただ、この状況を手離しで喜んでいる場合ではないという事を、俺は常々きちんと頭の隅に入れていた。
村人たちは食事や衣服を頻繁に届けに来てくれた。特に用事がない時も、何か困った事はないかと気にかけて訪ねて来てくれた。それらの好意は非常にありがたかったけれど、俺はその言動が純粋な親切心にだけによるものではない事を理解していた。
その親切心の裏には下心が隠されていた。いや、隠されてなどいなかった。がっつり全て丸出しであった。
村人たちは皆で仲良く俺を性的にシェアするつもりであり、隙あらば俺のペニスを狙っていた。
これほどまでにあからさまに股間をじろじろと眺められるのは初めてであり、俺はとても反応に困った。手を握られたり太腿を撫でられたりとボディータッチも過剰であり、一瞬でも油断をしたら気付かぬうちに俺の童貞は見知らぬ誰かに掠め取られてしまいそうな、そんな危うさと常時隣り合わせであった。
俺は童貞ではないのだ。少なくとも、この村人たちの認識の中では。
自分の番となった非童貞の男に対する期待の眼差しを一身に受ける俺は、この期に及んで自分が実は童貞であるなど、到底白状できなかった。
俺は魔法使いではないが、それは童貞を卒業したからではない。もともと魔法使いではなかったという、ただそれだけのことだ。しかしそんな事を知らない村人たちは、この世界の総攻めとして君臨する俺を純粋に慕い、真っ直ぐな愛情を向けてくれた。俺はそれを嬉しく思い、村人たちがこちらに愛情を向けてくれるのと同様に、俺も等しく村人たちに愛情を返したいと思った。
だからこそ、俺は彼らから熱烈的に誘惑されても、それに応える事が出来ずにいた。ボロが出たらまずいと思ったのだ。一途に慕ってくれる皆の期待を裏切りたくなかったのだ。いざセックスを始めた際に、何もかもが上手くいかずに童貞であるとバレてしまって皆をガッカリさせたらどうしようという、果てしなく強い不安があったのだ。
百人弱が俺のペニスに期待しているのだ。俺が童貞であるという事実が露呈する事はつまり、百個弱のアナルを一斉に失望させるという事に等しいのだ。
「アルファ様、俺にセックスを教えてください」
「アルファ様のご立派様で、私に慈悲をお与えください」
「魔力を捨てて生命力に全てを注いだアルファ様の魔羅を拝見したいのです」
口々にそう言って率直に迫って来る彼らに対して、覚悟を決めなければいけないなという意識はあった。それでも、あと少しだけ心の準備が出来るまで待っていてほしかった。村人達は俺をセックスの玄人であると誤解しているが、実際の所は全くの初心者なのだ。経験人数がゼロの俺に対して、いきなり百人近い男が迫りくるのはあまりにも過酷すぎる。
この状況を乗り切るために、俺は村人たちの誘惑に対して一人一人真摯に対応し、努めて優しくクールに接した。
キミを大事にしたいから、今すぐには抱かないよ。性行為はまたの機会によろしくね。
そんな態度で平等に村人たちに向き合う俺の姿勢に、彼らは皆少しも疑う様子を見せずにひたすら頬を赤らめながらうっとりと目を潤ませていた。
――――
「なあアルファ。お前、俺たちに何か隠してないか?」
こぽこぽとマグカップにハーブティーを注ぎながら唐突にそんな事を言い出したトーゴに、俺はギクリと体を硬直させた。心当たりがありすぎるその指摘に対してどう返答したら良いのか分からずにまごつく俺の顔を、トーゴが訝し気に覗き込む。俺は動揺を悟られないように努めて冷静に振る舞いながら、受け取ったマグカップに口をつけた。
精力向上作用を持つそのハーブティーを、トーゴは俺が初めてこの村に来たあの日から毎日欠かさず淹れてくれた。初日のハーブティーがあまりにも強く効きすぎたため、「魔力を失った人間には、ちょっと濃すぎたのかもしれないな」という気遣いにより、二日目からは薬草の配合を少し控えめにしてくれた。
大勢の男を相手にしてセックスに挑まなければいけない俺のためにトーゴが淹れてくれる、性欲を増強させ、性機能を高めるハーブティー。
その効力は絶大で、未だ準備が整っていない俺の心とは対照的に、俺のペニスは初日から準備万全の状態にあった。例えるならば号令があればいつでも瞬時に駆けだせるクラウチングスタートの姿勢にある俺のペニスは、隠しごとを疑う怪訝そうなトーゴを目の前にして、今すぐ全てを白状して楽になりたいと懸命に俺の脳に訴えていた。しかし俺の脳はペニスの訴えから顔を背け、己の中に隠し持った『童貞』という重大機密事項から懸命に意識を反らそうとしていた。
童貞じゃない。俺は童貞じゃない。
呪文のように自分自身に心の中で言い聞かせながらグッとマグカップを煽る。飲みなれたハーブティーの香りと味が俺の体を温める。
「隠し事だって? いやあ、何のことか分からないな」
「しらばっくれても無駄だぞ。俺は分かってるんだからな」
トーゴが少し怒ったように俺に迫る。こめかみに冷たい汗が流れる。
ついにバレた。なぜバレたのか。俺は冷や汗を流しながら、自身の行動を省みた。
セックスを断り続けたのがまずかったのだろうか。キミを大事にしたいから、という言い訳が少々臭かっただろうか。ボディータッチに対する反応がおかしかっただろうか。
振り返れば振り返るほど、童貞がバレる理由としての心当たりが無尽蔵に溢れて来る。俺の一挙手一投足の全てが童貞すぎたに違いない。呼吸の仕方が、心臓の動かし方が、生命としてのあらゆる活動が童貞すぎたかもしれない。顔に『童貞』と書いてあったかもしれない。全てに心当たりしかない。
もう隠せない。トーゴに童貞がバレてしまった。
観念して白状しようと口を開いた俺の言葉を遮るように、トーゴが勢いよく声を上げる。
「俺が気付かないとでも思ったか? 体調が悪いなら早く言え。平気なふりをして皆に良い顔をしなくても良いんだぞ」
「えっ?」
ふふん、と得意気にトーゴが笑う。俺は一瞬動揺しつつも、トーゴが非常に都合の良い勘違いをしてくれている事にホッと安堵し、素早くその誤解に乗った。
「ああ、なんだ。バレていたんだな。心配をかけたくなくて隠していたんだが、トーゴには見抜かれてしまっていたんだな。さすがだ、トーゴ。お前には敵わないな」
「当然だ。お前は分かりやすいからな。何か隠し事をしている事くらい、一瞬でお見通しに決まってるだろ。今日は誰もアルファの所に来ないように俺から皆に言っておくから、それ飲んだらもう休めよ」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
ポン、とトーゴが俺の背中を軽く叩く。
空元気を見せていた男を励ましてくれる優しく温かなそのボディータッチは、下心を感じさせない、久しく俺が感じていなかった純粋な親切心によるものだった。
トーゴは軽く俺の背中を叩いただけで、それ以上の接触を求めなかった。じっと股間に注視する事もなく、裏のない笑みで俺の顔を見てくれた。俺はそれが心地良くて、唯一この村で俺の妻ではない彼に対して掛け替えのない大切な友情を感じていた。
再びマグカップを煽り、心身に染みわたるハーブティーの温もりをじんわりと味わう。身も心もペニスも元気にしてくれるお茶の香りに包まれながら、俺はふと当初より感じていたささやかな疑問をトーゴに投げかけてみた。
「ところでさ、なんでこの村の皆はセックスに対してそんなに積極的なんだ? トーゴも俺と初めて会ったその時にすぐこのお茶を飲ませてきたしさ。トーゴはどうして俺と皆とのセックスに協力的なんだ? 俺が皆とセックスをする事で、皆やトーゴに何かメリットがあるのか?」
「そんな言い方は傷付くな。つまりアルファは、俺が損得勘定で動いている打算的な奴だと思っているってことか?」
「えっ、いや、そうじゃないんだ。言い方が悪かった。俺は単純に、どうしてだろうかと不思議に思って――、」
悲しそうに肩を落としたトーゴに慌てて俺が弁解しようとすると、彼はすぐに「冗談だよ」と笑って見せた。
「俺たちは首を噛まれたら相手の妻となる、ってのはもう説明したよな。だけど、アルファが来るまで俺たちは皆独身だった。全員が誰とも番になっていなかった。なぜだか分かるか? 番というのは、セックスをする関係だからだ。童貞を失うという事は、魔力を失うという事だ。つまり、誰かと誰かが番になるという事は、セックスのせいでどちらかが――率直に言えば、竿役が魔力を失うという事になる」
笑いながら語り出したトーゴの話は未だに冗談の延長線上にあるように聞こえた。しかし話を進めるにつれて徐々にその声色を真剣な調子に変えていく彼の様子を見て、俺はこれがおふざけではなく真面目な話であるのだと察し、「なるほど、それは問題だな」とトーゴに合わせて真剣な表情を作って頷いた。
「ああ、問題だ。ただ、古い言い伝えによると、セックスによって竿役が魔力を失うのとは対照的に穴役は逆に自身の魔力を強めるらしい。誰も魔力を失いたくはなかったから、実際に試した人はいないけどな。それでも、肛門を用いた自慰行為が微量ながらも魔力を増強させる事は長年の研究によって立証されているから、この伝承は信じても良いと思っている」
とんでもない伝承を後世に言い伝え、とんでもない事を長年研究してきたこの世界の人々の歴史に感服する。
訳の分からない事を言っているように聞こえるが、この世界の人たちは至って真面目なのだ。この世界を守るために、己のアナルを真剣に慰め、伝承の信憑性を高めるための研究データまで取っているのだ。
すごいな、と思わず小さく呟く俺の反応に、トーゴが嬉しそうに頷いた。
「ああ、すごいだろ。だからきっと、セックスには自慰行為以上に魔力を強める効能がある。俺たちは今、世界の危機を救うために魔王と戦っている。魔王と戦うためには皆今以上に強くなる必要がある。俺たちはセックスをしたい。セックスはしたいけど、皆童貞を守りたい。誰もペニスを使えない。けれど今、お前の股には使っても良いペニスがある。既に童貞を捨ててきた、魔力喪失の懸念を持たない、唯一無二の希望の男根がここにある」
トーゴが俺の股間を指差す。
使っても良いペニス。唯一無二の希望の男根。
そんな言葉を向けられた事のない俺の股間は下着の中でビックリ驚き、その身をシュッと委縮させた。
「誇れ、アルファ。お前のそこは、光を纏いし救いの龍だ。俺たちの未来を拓く鍵だ。世界を救う最強の剣だ」
一本しかない俺のペニスに次から次へと二つ名が与えられる。過剰なまでの期待を向けられたペニスは文字通りにどんどん委縮し、縮んで縮んでこのまま消えてなくなってしまうのではないかという不安に襲われた俺は慌ててハーブティーを飲み干した。
空になったマグカップにおかわりを注いでくれるトーゴの手元を見つめながら、俺は村人たちがこのペニスに対して抱いている尋常ではない期待の強さに動揺していた。
断じて単純な性的欲求などではないのだ。百人弱の村人たちが、至極真面目に俺のペニスでこの世界を救おうとしているのだ。
その状況は俺の常識の範疇では異常以外の何物でもなく、『世界』などという巨大な重圧に対して俺のたった一本のペニスはとても頼りない物に思えた。
「お前に首を噛まれた皆にとって、お前は一生に一度の運命の相手なんだ。アルファに首を噛まれた時から、皆アルファの事が大好きなんだよ。魔力を高めるために、という気持ちも当然ながらあるだろう。でもきっと、本当に皆ただ純粋にお前と触れ合いたいんだと思う。身も心もお前と繋がりたいと願っているんだと思う。そしてお前とセックスをして魔力を高め、お前と共に世界を救いたいんだと思う。だから俺は、伝承に基づいて皆のセックスをサポートしたい。この世界を救うために。この村の皆の力とアルファの力で、共に魔王に立ち向かうために」
なみなみとマグカップにハーブティーを注いだトーゴが俺を見つめ、ニッと笑う。その力強い眼差しを受けた俺は、何となく姿勢を正しながら深く頷き(俺が世界を救うしかないな)とすっかりその気になっていたが、しかしすぐにアレッと思いトーゴに問いかけた。
「それって、俺と皆とのセックスをサポートしようとしているトーゴの親切は、やっぱり打算的な行為だって事になるんじゃないのか?」
皆と俺をセックスさせよう。魔力をアップさせよう。そして魔王に打ち勝って、俺のセックスで世界を救おう。
そんな思惑で俺の精力を増強させるハーブティーを淹れるトーゴの行動は、俺の物差しで測るところ打算的という言葉に当てはめざるを得ない。
動揺する俺の問いに対してトーゴはキョトンとしながら「そうだよ」と答える。俺は面食らった。
「そう思われると傷付くって言ったのはトーゴだろ、なんで開き直ってるんだよ」
「逆に考えてみろよ、何のメリットもなく周りの人間のセックスをサポートする奴がいるか? 俺がそんな特殊性癖持ちに見えたか?」
やれやれ、と言った様子で呆れた表情を見せながらトーゴがハーブティーをすする。からかわれたような気がして少々悔しく思いつつも、(それもそうだな)と納得する気持ちの方が強くあったため、俺は何も言い返す事無く大人しく手の中のマグカップの熱を感じていた。
俺はこの世界において自分が何を成すべきなのかを改めて理解し、徐々に緊張感を強めていた。
セックスだ。セックスをしなければならないのだ。皆がそれを望んでいるのだ。当事者である俺の妻たちだけではなく、俺の襲撃の被害を逃れた唯一の人間であるトーゴですら、俺が世界救済のためにセックスをする事を望んでいるのだ。
未だ実戦経験のない無垢なペニスに、世界の重みがのしかかる。
もしも俺に理性がなければ、あるいは尋常ならざる勇気があれば、今すぐにでも己の性器をむしり取って全てを放棄したかもしれない。そうしてそれを剥製にして、村人たちにディルドとして提供していたかもしれない。しかし幸いな事に俺は理性的な臆病者であったため、突発的に自身を去勢する事もなく、ただ素直に皆の期待に応えるためにスマートなセックスをしなければならないという甚大なるプレッシャーに胃を痛めていた。
「大丈夫か? 真っ青だぞ?」
「ああ、大丈夫。顔色が悪いのは元からだよ」
自分を吸血鬼だと誤解するほどに血の気のない不健康な顔色。もとはと言えば、この顔色が原因であったように思う。俺が健康的でツヤツヤとした赤いほっぺたを持っていたら、吸血鬼になりきって村を襲う事もなかった。しかし、今更そんな事を悔いても仕方がない。この世界に転生してきたその瞬間から、俺の運命は決まっていたのだ。俺が自分を吸血鬼だと思い込むという過ちですら、この世界が俺に仕掛けた運命の歯車のひとつなのだ。
そんな運命的に顔色の悪い俺の目を覗き込みながら、トーゴが眉を八の字にする。
「たしかに俺は、世界を救うために村の皆をお前が抱いてくれたら良いと思っている。そのためにこうやってハーブを調合してお前に与えているのは事実だけど、でも、お前を利用してやろうなんて下心だけで行動してる訳じゃないからな。お前の友人として、お前に手を貸したいって純粋な気持ちだってある。むしろ、割合で言えばそっちの方が少し大きいからさ。だからそんなに落ち込むなよ。大丈夫、俺はお前の味方だよ」
彼の目には、俺がトーゴの発言を受けてショックを受けているように見えたらしい。申し訳なさそうに俺を励ますトーゴの態度は、どこまでも限りなく善人であった。一向に心の準備が出来ずに尻込みしている意気地なしな童貞の様子を、友に利用されていた事を知り落ち込む男の嘆きとして受け取ったらしい。それは『アルファは童貞ではない』という強い信用によるものであり、俺はトーゴが自分を友人として想ってくれている一面が確かにある事を喜ばしく思う傍ら、村人たちを、ことさら彼の信用を裏切りたくないと思った。
「いきなり大勢の配偶者を得たお前の動揺は計り知れない。でも、アルファが皆の期待に応えようとしているその気持ちだけは、俺もちゃんと分かってるつもりだよ。皆の前では弱味を見せたくないんだろうけど、でも俺の前でも強がる必要はないからな。俺は皆と違って、お前の妻じゃない。俺の前でカッコつける必要なんてないんだよ。だから、皆には上手い事言っておくから、今日はゆっくり休んどけ。無理しない程度に、アルファのペースで頑張ってくれたらそれで良いからさ」
穏やかな笑みを浮かべたトーゴの言葉は俺を優しく励ました。しかしその優しさに甘える事は許されない。俺はこの世界の中で、可能な限りカッコつけなければならない。言い方を変えれば、全力で虚勢を張らなければならないのだ。
「そうだよな、無理せず休んで心と体のコンディションをしっかり整えないとな。皆を満足させるためにも」
「おお、やっぱり童貞を卒業した男は頼もしいな。お前がこの村に来てくれて良かったよ。何か困った事があったらいつでも言ってくれ。出来る限りのサポートをさせてもらうよ。ほんの少しだけ打算的な、お前の友人としてね」
大量の妻に包囲される奇妙な人間関係の中で、友人というトーゴの立場はまるでオアシスのようであり、彼自身もそれを理解しているらしく、友人の二文字を強調するようにしっかりと俺に言い聞かせた。
空になったマグカップをトーゴに返すと、計算高い友人はその行為を『ごちそうさま』ではなく『おかわり』と都合良く解釈してにこやかにハーブティーを注いでくれる。俺のペースで頑張ってくれたら良い、と言いつつさりげなくペースアップを図るトーゴのスマートなセックスサポートに苦笑する。
「ありがとう、トーゴ。俺も頑張るよ。お前の友人としてな」
お茶ばかりを流し込まれて溺れそうな胃袋におかわりのハーブティーを流し込む。俺の言葉にトーゴは随分と満足気な顔を見せ、そして隙あらば今一度おかわりを与えようとティーポットを構えていた。隙あらば俺の精力を向上させようと目論む友人のありがたい優しさからどうにか逃げ出した俺は、彼の心遣いに甘えてこの日は一人で静かに過ごす事にした。
心の準備など、きっといつまで待ってみた所で整う事はないだろう。自分の気持ちの持ち様だけでどうにかなるのだとすれば、強い性欲を持て余したまま童貞で生涯を終えた訳がない。
俺は臆病者なのだ。下半身だけにとどまらず、心の底までバージンなのだ。今の俺に必要なのは心の準備などではない。大いなる度胸と、無謀な勢いが必要なのだ。
俺のセックスの介入がなければ、きっと世界は滅んでしまう。出来ればそれは阻止したい。理想とは少々異なるけれど、せっかくこの世界に転生したのだ。俺が主人公であるのなら、俺が一肌脱がなければ。
自室に籠り、自分自身に言い聞かせるようグルグルと思考を巡らせる。その間も全世界の命運がかかった俺のペニスは下着の中でプレッシャーに押し潰されていた。事情を知らずに呑気に自立する事が出来ていた数日前の自分をすっかり忘れてしまったように、俺のペニスはぺしゃんこに潰れてしまっていた。
トーゴのハーブティーの支援を受けながらも立ち上がれない弱虫の芋虫を心の中でコラッと叱る。これから百人切りを果たさねばならないイチモツなのだ。宿主として、俺は自らの股間に生えた一本の引っ込み思案にも覚悟を決めさせなければならないのだ。
(明日だ。絶対に俺は、明日のうちに最低でも一人の村人を抱く――……!)
俺の決意に、下着の中でペニスが驚く。
セックスをするぞ、セックスをするぞ。何度も何度も胸の内で呪文のように繰り返すが、俺は魔法使いではないし、そもそもそんなお下劣な誓いが魔法の呪文であるわけがない。しかし即席の覚悟で明日へ挑む俺にとって、それは実に大事な言葉だった。いよいよ追い詰められた俺は、怯えるペニスを大事に抱えて『世界を救うセックスをするぞ』と自分自身に言い聞かせながら、来るべき明日を迎え撃つべく必死に心身を奮い立たせた。
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