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「体調を崩されたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「お体の具合はもう良いのですか?」
「あまり無理をなさらないでくださいね」
翌朝、なけなしの覚悟をかき集めながら家の外へと出た俺は、目につく村人たちから口々に労わりの言葉を向けられた。仮病を使って休みを取った後ろめたさを感じながらも「大丈夫だよ、ありがとう」と一人一人に丁寧に優しく微笑みかけると、村人たちは皆一斉に顔を赤らめ、過度のときめきにフラフラと体をよろめかせるほどに喜んでくれた。
(皆、本当に俺にメロメロなんだなあ)
激しい動機が治まらずに胸を押さえて悶える人。恥じらいのあまりに両手で顔を隠して俯く人。目を潤ませてウットリと放心してしまう人。既に前かがみになっている人。
顔を赤らめながら多種多様な反応を見せる村人たちを眺めていると、最初はセックスの相手が可愛い女の子ではなかった事に不満を抱いていた俺の心も徐々にその気になっていく。よく見たら、皆結構可愛いかもしれない。意外と全員俺の好みのタイプかもしれない。清潔感のある好青年や、人懐っこいイケメン。中性的で物静かな紳士。筋肉質で愛嬌のあるおじさん。色んなタイプの村人がいるけど、全員漏れなく好ましい。彼らは全員、俺の事が好きで好きで堪らないのだ。
なんと素晴らしい事だろうか。ここが俺のハーレムだ。
お前もそう思うだろ相棒、と心の中で自らの股間へと呼び掛ける。しかし気分を高めている俺とは対照的に、俺のペニスは相変わらず下着の中で黙って身を潜めているばかりで、昨日からピクリとも動く気配がない。
それでも俺は己の性器に負けることなく、積極的に村人たちへと声をかけた。こういう地道な声掛けがセックスに繋がるのだ。お前もそう思うだろ、相棒。下着の中でお地蔵さんと化したペニスに地道に呼びかけながら歩く俺は、(どうかこの村の中に、他人の心の声を聞くような魔法を使う人がいませんように)と願いつつ、昨日の仮病の埋め合わせをするように妻たち全員への挨拶回りにせっせと励んだ。
村を歩き回りながら、ここに住まう人々の生活を改めて様々眺めた俺は、今更ながらこの場所が本当に魔法使いたちの住む村なのだと理解し、そして深く感心した。
魔王と戦う手段として用いられる一方で、彼らの生活においても魔法は必要不可欠なものであるらしい。火を起こしたり水を調達したりといった事は全てが当然のように魔法によって行われた。そればかりではない。物を浮かせて移動したり、壊れた物を直したり、掃除用具や調理器具を自動的に働かせて掃除や料理を済ませたりと、日常生活のあらゆる事に魔法の力が用いられていた。
童貞を失うと同時に魔力を失うという事はつまり、童貞と引き換えにこれらの便利な生活を全て手放すということなのだ。それは確かにもったいない。もしも童貞を貫くだけでこれほど楽に生きられるなら、一生を童貞で過ごすのだってなかなか悪くないかもしれない。
箒に乗って空を飛び交う村人たちを眺めていたら、ふとそのうちの一人と目が合ったので軽い気持ちで手を振ってみた。するとその村人は俺への過剰なときめきによりバランスを崩し、危うく箒から転落しそうになってしまった。俺は自分の軽率な行為を反省し、危険な場所にいる村人には目を向けないようにしなければならないと肝に銘じた。この村の人々は、俺が思っている以上に俺の事が大好きなのだ。
村人たちの生活に危害を及ぼさないように気を付けながら挨拶をして回る途中で、村のはずれにある果樹園の中で一人黙々と作業をしている青年を見かけた俺は、そっとペニスに呼びかけた。行けるか、と。ペニスは相変わらずじっと黙するばかりだったが、当然ながら俺はそいつの返答になど一切期待していなかった。たとえこの世界の魔法の力にあてられたペニスが「いやあ、ちょっと行けませんねえ」などと自我を持って喋り出したとしても、ペニスの意思など考慮してやるつもりは全くなかった。
今朝家を出たその瞬間から、俺はずっと探していたのだ。周囲に誰もおらず、一人で作業をしており、可能な限り大人しそうで、俺が何か失態を犯したとしても許してくれそうな穏やかな男を。
魔法を使ってリンゴのような果樹を浮遊させながら採取している青年に近寄る。大人しそうで、穏やかそうで、単独行動をしている青年。彼をターゲットとして決めた俺の思考は、まるで暴漢のようであった。もしも世界が異なれば、断じて許される行動ではない。しかしここは、そういう世界だ。むしろここで彼に狙いを定めず見逃す方が許されない、そんな狂った世界なのだ。
「やあ、お疲れさま」
「……えっ!? アルファ様!?」
仮病を使って得た休みを、俺は無駄には過ごしていない。懸命に覚悟を決めた後に、鏡の前でひたすらカッコイイ顔の練習をしていたのだ。カッコイイ顔の練習ばかりではない。『童貞だった』という事以外にろくな情報が残されていない生前の記憶の中からセックスについての知識を引っ張り出し、おそらくエロ漫画やエロ動画が根拠であろうチープな性知識をかき集め、セックスのイメージトレーニングもした。入念にした。カッコイイ顔をしながらカッコイイ声でカッコイイ事を言いつつカッコイイセックスをするイメージを、じっくりと濃厚に脳の奥へと染み込ませた。
俺は童貞などではない。すっごくカッコイイセックスが出来る。
そう己を洗脳して今日に挑んでいる俺は、青年の前に昨日の練習の成果を堂々と披露した。カッコイイ声で、カッコイイ顔をしながら、カッコ良く彼に挨拶したのだ。
リンゴらしき果樹を採取していた彼は、こちらがカッコ良く声を掛けるまで俺の存在に気付かなかったらしい。俺の姿を視認した彼は、赤リンゴのように頬を赤らめ目を丸くして驚いた。その拍子に魔法の力が緩んだのか、浮遊していたリンゴが重力に伴い落下する。俺は素早くそれをキャッチし、そしてさりげない仕草で彼の手を取ると優しくその手のひらに真っ赤なリンゴをそっと置いた。
「ごめんね。仕事の邪魔をしてしまったかな」
「い、いえ、その、だいじょうぶです、あ、アルファ様の手が俺の手に、ああ、どうしよう、わあ」
リンゴの彼は、俺の手に触れられた事ですっかり気が動転している様子だった。真っ赤になって恥じらいながら大慌てするリンゴの彼のリアクションが愛らしく、堪らずフフッとカッコ良く笑みを漏らす。そんな俺のカッコイイ仕草にますます胸をときめかせたのか、リンゴの彼は艶やかな瞳を潤ませながらじっとこちらを見つめる。
「大丈夫かい? 顔が赤いようだけれど、熱でもあるのかな?」
頬ばかりではなく額まで赤々と染まった彼のそこに、そっと自身の額を近付ける。ああっ、はあっ、と動揺を極めたリンゴの彼の濡れた唇から声にならない声が漏れる。気にせず額と額をピタリと押し当てると、彼の体がふにゃふにゃと脱力していくのが分かった。大好きな俺から迫られる興奮に耐え切れず、腰を抜かしてしまったらしい。
俺は彼の背中に腕を回してその肉体を抱きとめると、至近距離で再び微笑んで見せた。
「熱はないようだけど、力が抜けちゃったのかな?」
「ああっ、アルファ様、ごめんなさい、俺、こんな、ああ、はしたない……」
「はしたない? 何がだい?」
「あっ、あっ、アルファ様、ああっ」
脱力したリンゴの彼の背中を着衣の上からゆるゆると撫でる。出来る限りいやらしく、可能な限りセックスらしく、これはエッチな行為なのだと彼に思ってもらうために、じっくりねっとり背中を撫でる。
これで大丈夫なのだろうかという拭いきれない緊張感に手のひらが汗ばむ。童貞の性知識など、この世の何より信用してはいけないものに違いない。そんな信用ならない記憶を頼りにしながら及ぶ行為に、自身を持てるわけがない。正しいだろうか、間違っていないだろうか。そんな不安を抱きながら愛撫を施していたのだが、俺の腕の中で甘い声を上げるリンゴの彼の股間が徐々に膨らみを増し始めている所を見ると、どうやら上手く行っているようだ。
他人のペニスを勃たせる事が、こんなにも嬉しい事だとは。俺は生まれて初めての感動に心をゾクゾクと震わせながら、彼の背を撫でていた手をゆっくりと滑らせ前の方へと移動させる。リンゴの彼はすっかり蕩けてしまっており、はふはふと浅い呼吸を繰り返すだけで精いっぱいであるらしく、腰が砕けて自立できない熱い体を俺に委ね、大好きなアルファ様の無遠慮な手が股間へ向かってゆっくりと這うのを瞬きもせずに濡れた瞳で追っていた。
「何がはしたないのか、言ってごらん?」
「ぅ、んんっ、あ、は、はずかしい、です……っ」
「恥ずかしくなっちゃった? どうしてかな?」
指先が触れるか触れないかの距離でペニスの周囲をぐるりとなぞる。着衣越しに与えられるもどかしさ。リンゴの彼の無垢なそこは微弱な刺激を与えられてどんどんと質量を増しており、つんと前を尖らせながら悶える彼のウブな反応に俺の体温も上がっていく。
「ここが、元気になっちゃったからかな?」
「ああぁんっ!」
前の尖りのその先端をピンッと軽く指先で弾くと、リンゴの彼は激しく大きく天を仰いで甘い嬌声を聞かせてくれた。その声は俺の鼓膜を揺さぶり、拭いきれない不安を抱え込んでいた俺の胸中で高らかなファンファーレの如く鳴り響いた。
――なんだかすごくセックスみたいだ!
ファンファーレが鳴り響く胸の中で、無邪気な俺が躍り出す。
万事順調である。俺は今、とても順調にセックスをしている。
セックスというのは、意外と簡単であったようだ。俺は一体、何を恐れていたのだろうか。
こんなことなら、さっさとセックスしてればよかった。百人だろうが二百人だろうが、こんなの何も難しくない。よく考えれば、俺はこの世界の主人公なのだ。ボーイズラブの世界の中の、俺は総攻め主人公なのだ。
転生前の人生なんて関係ないのだ。この世界の村人たちは皆が俺にメロメロで、皆が俺とセックスをしたくて仕方がないのだ。俺に少し触られただけで元気いっぱいに勃起するし、容易く可愛くアンアン喘いでしまうのだ。
内心は大はしゃぎしながらも、決してそれを表には出さず努めてクールな表情でリンゴの彼の顔を覗き込む。真っ赤に染まった彼の顔は今にも泣き出しそうであり、それでも決して嫌がっている様子はなく、ただただ尋常ならざる強い羞恥に揉みくちゃにされているのが窺えた。
潤んだ瞳が俺の姿を捉えると、リンゴの彼はアッと小さく声を上げ、既に真っ赤に染まった顔をますます熱く火照らせながら、気まずそうに目線を反らした。
「下着を……汚してしまいました……」
ワーオ、と思わず素直な感嘆の声を漏らしそうになったところをすんでのところで食い止めつつ、俺は目線を彼の股間へと向けた。着衣の中で苦し気に盛り上がっていたそこは、よく見ると先端がじんわりと色を変えていた。リンゴの彼は、俺にペニスの先っぽを軽くつつかれただけで、あっけなく射精に至ったのだ。
他人の射精を生で見るのは初めてだった。羞恥に震えながら俺の腕の中で顔を真っ赤に染めて興奮のあまりに着衣のまま精液を解き放った彼の姿がしっかりと俺の網膜に焼き付く。
率直な感想として俺は思った。えっちだなあ、と。
ドキドキと胸が高鳴る。可愛い女の子とのハーレムを夢見つつも仕方ないから男性の村人たちとセックスをせねばと、そんな事を思っていたのも今は昔。
この子とセックスしようよ、と下着の中で俺のペニスがその気になっている気配がある。俺は己のペニスに同意し、リンゴの彼を抱きしめた。
「汚れただって? それは大変だね。今すぐ確認してみないと」
「あっ、んんっ、アルファ様、ああっ」
彼のズボンのベルトを外してゆったりと前を寛げさせると、スルリとそこに右手を潜らせる。前面を熱い体液で濡らした下着の感触を発見し、悪戯のように下着越しにスリスリと彼の幹を撫でる。先端をつつかれただけでオーガズムに至る敏感な彼の肉体にとってその刺激はあまりにも強すぎたらしく、ガクガクと激しく腰を揺らしたリンゴの彼の無垢なペニスは下着の中で再びジュワリと甘く熱い蜜を漏らした。
これが総攻めの手か、と俺は己の手の持つ凄まじい力に感服していた。
僅かにペニスに触れるだけで、瞬時に精液を噴出させる。それはまるで魔力を持たざる者に代わりとして与えられた素晴らしい超能力のように思えた。
濡れそぼった下着の中に、総攻めの手を忍ばせる。ぐっしょりと濡れた下着の中は卑猥な熱に蒸れており、二度の射精を経てもなお屹立している元気な陰茎がビクンビクンと脈打ちながら静かに息を潜めていた。
その伏龍を指先で柔らかく捕まえると、先端から滲み出た透明な露がタラタラと幹に筋を作って俺の手指をじわりと濡らす。のたうつ陰茎に負けず劣らずビクンビクンと体を震わせ嬌声を上げるリンゴの彼が、その手からポロリとリンゴを落として俺の体に縋りついた。
「ぁ、あるふぁ、様っ、だめ、です、おかしく、おかしくなってしまいますっ……!」
「大丈夫だよ、おかしくないよ」
真っ赤に熟れたリンゴの彼の耳殻にチュッと口付け、耳たぶを食む距離でそっと囁く。
「――可愛いよ」
「ああっ、んんんん……ッ!」
すっかり自信を得た総攻め主人公である俺の囁きにリンゴの彼が敵う訳もなく、膨張しきった淫らな幹は恥じらう意識とは相反し、激しく脈動しながら俺の手のひらにその身を擦りつけていた。
我慢汁と精液とが混じり合った体液に濡れた下着の中。それは生ぬるい夏の水たまりに手を浸したような感覚を俺に与え、しかし決して不快ではなく、その湿地のさらに奥へと俺の心を誘っていた。
手のひらでゆるりと裏筋を撫でて下へとおりると、指先に触れたのはパンパンに熟れた陰嚢だった。この果樹園のどの果実よりもずっしりと甘く熟れたそれをスリスリと指の腹でなぞれば、俺の手のひらには我慢汁とも精液とも分からない、ただただ熱く淫靡な果汁がじゅくじゅくと潤沢に擦りつけられた。
足腰が立たず、快楽に溺れ、訳も分からず必死に縋りついてくる。俺はそんな彼の反応に、非常に気分を良くしていた。もっともっと彼の乱れる姿が見たいと感じていた。それは性的興奮に他ならず、あれほどまでに臆していたセックスに対して俺の心には強い積極性が芽生えていた。
「は、ああッ、アルファ様ッ! そこは、ああッ!」
陰嚢をたぷたぷと手のひらで揺らして弄びつつ、己の体液にぐっしょりと濡れた彼の窪みに指を這わせる。
俺の中指の腹に封をされた濡れた蕾はヒクヒクといじらしく震えており、いやいやと真っ赤になった顔を左右に振る彼の仕草をあざ笑うかのように浅ましくチュウチュウと指に吸い付く。
己が排泄器である事などすっかり忘れたかのように、淫らな性器の顔をしながら俺に甘える彼の秘部のその周囲を、指先でクリクリと軽くくすぐる。それだけの刺激が彼にはよほど堪らないらしく、俺の腕の中で快楽に乱れるリンゴの彼の甘い体は大きく震え、喉仏が裏返るほどに激しく嬌声を漏らしながらギュウッとアナルを収縮させた。
「ふふっ、可愛いね――……あれっ」
次はアナルをゆっくりと解して柔らかくしよう、そろそろ服も脱がせてあげよう、俺はどのタイミングで服を脱ごうか、乳首も触った方が良いよな、キスはしても良いのだろうか、どの指から順番に挿れて行くと良いのだろうか……等々考えながら事を進めていた俺は、必死に俺に縋りついていた彼の肉体がアナルの収縮直後にダラリと全ての力を失った事に動揺し、びしょ濡れの彼の下着の中から湿った右手を引っこ抜いた。力なく目を閉じた彼の姿に、もしや俺は初めての性行為で甚大な粗相を犯した上に相手を死に至らしめてしまったのではないかという激しい焦燥感に駆られたが、幸いな事に彼にはしっかりと呼吸があった。
どうやら彼は過度の快楽に耐え切れず、気を失ってしまったらしい。これには総攻め主人公もお手上げである。
一夜漬けで性知識を充填させてきた俺だが、セックス中に相手が気絶した時のマナーなんてものはあいにく持ち合わせてはいなかった。しかしこのまま彼をここへ置き去りには出来ないという道徳心だけはあったため、びしょ濡れの下着だけは脱がせつつその他の着衣をしっかりと整え膝枕をして寝かせてやって、彼の意識の回復を待った。
程なくして目を覚ましたリンゴの彼は、俺の膝枕で自分が寝ている状況を瞬時に理解できず少々混乱した後、股間を湿らせた着衣と気だるい体の感覚から全てを思い出したらしく、真っ赤になって俺の手から自身の下着を奪い取るとペコペコと何度も頭を下げた。
「ごめんなさい! 俺、せっかくアルファ様から寵愛を頂いたというのに、途中から全然記憶がなくて……!」
「いや、良いんだよ。それより体は大丈夫かい?」
「はい……! あの、俺、アルファ様から抱いて頂けたんですよね? 俺、アルファ様とセックスをしたんですよね?」
羞恥のあまりに全身を真っ赤に染め上げながら、目を潤ませたリンゴの彼が俺に訊ねる。俺は答えに窮した。
セックスをする――この言葉はシンプルな物でありながらも、その基準は人によって異なるように思えた。
セックスとは、性行為の事だ。性的な行為に及ぶことをセックスをすると言うのであれば、俺は彼とセックスをした。しかし性器の挿入には至っていないため、今もなお俺の童貞は健在である。童貞とは、セックスをした事のない男性の事を指す言葉だ。だとすれば、性的な行為は確かにしたが童貞を保持したまま行為を終えた俺はセックスをしていないのではないだろうか。性器の挿入がセックス達成の条件だとするのであれば、俺は彼とセックスをしていない。ペニスの存在がネックになるのだ。
ペニスを無視すれば、俺はセックスをしたという事になる。ペニスに焦点を当ててしまえば、俺はセックスをしていない事になる。それはつまり、どういう事だ。俺のペニスは俺ではないということか。セックスという行為を前にして、俺とペニスは切り離された別個の存在と見做されるのか。いや、そんなはずはない。もしそうだとすれば、童貞なんてものはない。童貞という概念はペニスの存在に宿っているのだ。俺とペニスは一心同体。そう簡単に切り離せない、一蓮托生の相棒なのだ。じゃあ結局、俺ってセックスしたって言えるの?
そんなセックスのパラドックスに陥った俺は何が正解か分からずに、しかし目を潤ませて愛らしくこちらを見つめてくるリンゴの彼に求められている答えが何であるかというそれだけは確実に理解しており、数秒の悩みを経た結果、全力でカッコ良く微笑んだ。
「そうだよ。俺達は確かにセックスをした。忘れちゃったのかい?」
パッと顔を輝かせたリンゴの彼が、感極まった様子で俺に抱き付く。俺は彼を抱きとめながら、朗らかな気持ちで天を仰いだ。
セックスをしたぞ! 俺はセックスをしたぞ!
そう自身に言い聞かせながら『セックス』という実績を解除した事にしている俺に、リンゴの彼がうっとりとした声色で語り掛ける。
「いえ、忘れません。俺、気持ち良すぎて訳が分からなくなってしまったみたいですけど、自分の体の隅から隅まで強い魔力が漲っているのが分かります。アルファ様に抱いて頂いたからですよね。こんなに強い魔力が湧いてきたのは初めてです。きっとこの魔力は、俺の体内へと注がれたあなたの精液が生み出してくれたものでしょう。セックスってすごいんですね。これがアルファ様のペニスのお力なんですね」
エッそうなの、と思わず飛び出しそうになった本音を呑み込みながら「そうだよ」と適当な返答をする。
リンゴの彼はニッコリと笑い、嬉しそうに俺に頬ずりをした。
ペニスの挿入には至らなかったが、どうやら彼の魔力は強くなったらしい。セックスのパラドックスに悩んだ俺が最終的に今の行為をセックスとする事に決めたのと同様、どうやら魔法の力も今の行為をセックスとしてカウントしてくれたようだ。ただし彼自身は自身のアナルにペニスが挿入したばかりか中出しまで受けたと思い込んでいるらしく、セックスに対する見解の違いが顕著になったが、俺も魔力もじっと黙ってその勘違いを訂正しようとはしなかった。
「俺は童貞だから、誰かにこんな事をされるのは初めてだったけど、あまりにも気持ち良くて夢のようでした。すごく恥ずかしかったけど、アルファ様がリードしてくれたから、少しも怖くありませんでした。アルファ様にセックスを教えて頂けて幸せです。これからもよろしくお願いしますね、アルファ様!」
真っ赤に染まった満面の笑みを見せる彼は、俺に対して全幅の信頼を寄せていた。彼同様に童貞である俺はその事実に背を向けながらクールに頷き、これから仕事に戻るという彼とはその場で分かれて果樹園を後にした。
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