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それから三日間、俺はほとんど飲まず食わずでセックス三昧の日々を送った。
老いも若きも全ての男を、決して事務的な作業にはせずに丁寧に優しくカッコ良く抱いた。
皆終始俺にメロメロで、どこを触られても辛抱堪らずアンアンと可愛く鳴いてくれる素直な妻たちばかりであり、飲まず食わずのセックス三昧という過酷な毎日ではあったけれども決して苦痛を感じる事はなかった。
相変わらず俺のペニスは気持ちだけは張り切りながらも、全く起き上がる気配を見せてはくれなかった。
百人弱の男たちと次から次へと組み合う俺の下着の中で、その肉棒は常に日和見の立場であった。非協力的な傍観者は頼りにならず、俺は全てのセックスをペニス不在のままでこなさなければならなかった。
幸い、村人たちは漏れなく非常に敏感であり、俺の事が尋常ではなく大好きであったため、俺の懸命な愛撫によって行為の途中で全員気絶し、日和見のペニスは事なきを得た。そして目を覚ました村人たちは、皆揃って『アルファ様の中出しにより魔力を得た』と都合良く誤解した。俺はそれを否定せず、彼らの勘違いに任せた。
キラキラと目を輝かせながら俺の精液に感謝を述べる可愛い妻たちを騙している事に対して、後ろめたい気持ちはあった。それはペニスも同様で、出してもいない俺の精液へ皆が感謝する度に実際は何も活躍していない股間の傍観者は恐縮し、下着の中で一層小さく小さく縮んでいた。
このままではじきにペニスは俺の体内へと引っ込んでしまい、俺は女の子になってしまうかもしれない。心の片隅にそんな不安が芽生えるほどに、俺のペニスはセックスの回数を重ねるごとに強烈な劣等感を重ねていた。
――――
魔王が襲来する日の未明、全てを終えて自室に戻った俺は室内に足を踏み入れるや否や疲弊した心身を放り出した。疲れ果てた俺を案じたトーゴが訪ねて来てくれなかったら、きっと俺は硬い床で眠りこけて体を痛めていた事だろう。
倒れ込んだ俺を発見したトーゴは慌てて俺をベッドまで運び、消化の良い食事を準備してくれた。眠くて眠くて堪らなかったが、少しでも何か口に入れて栄養をとってくれないと心配だとトーゴが言うので、俺は少々のおかゆを胃袋へと流し込んだ後にそのまま気絶するように眠りに落ちた。
「お疲れ、アルファ。本当に三日で全員とセックス出来たんだな」
目を覚ますと、ベッドの脇にはトーゴがいた。俺があまりにも弱っていたのでこのまま死ぬのではないかと不安に思い、ずっと見守っていてくれていたらしい。
体を起こした俺は、自分の体が酷い筋肉痛に襲われている事に気付いた。人間の体は三日間で百人の男とセックスをするのに適した作りにはなっていないので、当然の結果だろう。総攻めの体にも通常の人並みに限界はあるのだ。
筋肉の痛みと気だるさを抱えて顔をしかめる俺に、トーゴがマグカップを渡してくれる。湯気の立つハーブティーの香りを嗅ぐと、いくらか精神が安らいだ。
ホッとしながらマグカップに口をつける。そのお茶は今までのハーブティーとは異なる味がした。
「いつものやつじゃないんだな」
「疲労回復効果のある薬草のお茶だよ。口に合わなかったか?」
喉から腹へと落ちて行く温もりが、じんわりと体に染みわたる。この三日間、きっとトーゴのサポートがなければ俺は乗り切れなかっただろう。精力向上ハーブティーで己の体を奮い立たせなければ、村人全員とのセックスを果たす事など出来なかったかもしれない。
「すごく美味しい。ありがとう」
過酷な日々を振り返った俺の心からの感謝の言葉を受けたトーゴが、嬉しそうににっこりと笑う。そして壁に掛けられた時計へと目を向けるとその表情を真剣に引き締め、再び俺へと向き合った。
「あと数時間で魔王が来る。魔法使いたちの戦いが始まるんだ。アルファはここで休んでいてくれ。この家の周囲には皆が厚いバリアを張ってくれているから、魔王の攻撃は届かないはずだ」
「トーゴはどうするんだ? トーゴも戦いに行くのか?」
「俺は……」
トーゴは口ごもる様子を見せ、少々目を泳がせながら「そうだ」と答えた。その反応には明らかに裏がありそうだったが、触れられたくない秘密があるのは誰だって同じ事だろうと判断した俺は、それ以上の言及を避けてトーゴの発言を受け入れた。トーゴはホッと安堵の表情を見せつつ、俺の手から空のマグカップを受け取る。
「じゃあ、俺は行くから。絶対にこの家から出るなよ。ずっとバリアの中にいてくれよ。たとえ今回魔王を倒す事が出来なくても、お前がいてくれたら俺たちは今以上に強くなれるんだ。お前はこの世界の希望だ。どうか、無事でいてくれよ」
そう言ってトーゴは立ち上がり、俺の背中をポンと一度軽く叩いて穏やかに笑うと、そのまま外へと出て行った。彼の言葉を受けた俺は、もしかするともう二度とトーゴと会えないのではないかという不安に駆られた。
戦いに行くのか、という問いに対する曖昧な返答。もしや己の身を犠牲にして魔王に立ち向かうつもりだろうか。不穏な想像が頭をよぎるが、だからといって俺に出来る事はない。魔力を持たない俺は魔王との戦闘において全くの役立たずであり、今後の戦力増強のために今はここで身を潜めておく他にない。
あと数時間で魔王が来る。決まった日時にやってくる律義なその魔王とは、いったいどんな感じなのだろう。トーゴが魔王と相討ちになったらどうしよう。討ち死にしたらどうしよう。
不安は不安を呼び、雪だるま式にどんどん膨れ上がっていく。俺はベッドに潜り込み、ギュッと固く目を閉じた。心のざわつきから逃れるべく強引に眠ろうとするものの、ついさっきまではあれほど強かったはずの眠気が今はどこにも見当たらなかった。
(ハーブティー、おかわりすれば良かったな)
もしかしたらもう二度と飲めないかもしれない、トーゴの温かなハーブティー。いや、大丈夫だ。トーゴはきっと大丈夫だ。俺は己の脳を支配する不安から懸命に目を反らし、無心で羊を数え始めた。
とにかく眠ろう。村のために。トーゴのために。羊が一匹、羊が二匹。そうして脳内で数え始めた羊が五千を超えた頃、窓の外でドンと大きな音が聞こえると同時に部屋の中は眩い光に包まれた。
閃光を伴う衝撃音に驚いた俺はベッドから飛び起き、慌てて外の様子を窺った。
何人もの魔法使い――俺が抱いてきた妻たちが、地上から空中から一点目掛けて一斉に攻撃を放っている。炎や雷、氷雨や風など様々な魔法攻撃が集中するそこへと目を凝らすと、一つの人影がうっすらと見えた。
魔王という物騒な言葉の響きから俺が想像していたのは、もっと悪魔的な容姿で、もっと巨大な肉体を持つモンスターだった。しかし村人たちの攻撃の中心に立っていたのは、俺達の背丈と大差ない、普通の男性のように見えた。ただ、百人弱の魔法使いから苛烈な集中砲火を受けても一切動じる気配を見せずに直立している様子からして、決して『普通』などではない事は容易に窺えた。
土埃が舞う攻撃の中心で、魔王が頭上に高々と拳を振り上げる。そして握りしめた指をパッと全て開いた瞬間、魔王を中心として大爆発が起きた。
激しい光に思わず目を閉じ、再び目蓋を開いてみると、目の前の光景は一変していた。爆発により半数以上の魔法使いが倒れ込み、その衝撃をどうにか耐えてその場に立ち続けている魔法使いたちも全員満身創痍であった。建物のほとんどは倒壊し、穏やかな村の景色は失われていた。もしもバリアが張られてなければ、俺がいるこの家だって無事では済まなかっただろう。
一瞬にして全てを濃厚な敗色に塗りつぶされたその光景に、俺はダラダラと冷や汗を垂れ流していた。魔法使いたちの攻撃が弱まり、それに伴いシルエットしか見えなかった魔王の姿が徐々に露わになっていく。
果たしてそこに見えたのは、ほとんど布面積を持たないセクシーな衣装を身に纏った、成人男性の姿だった。
魔王の姿を見た俺は、ほんの少しだけ安心していた。心を許した友人がラスボス、という展開を懸念していたのだ。もしも魔王の正体がトーゴだったらどうしようと、頭の片隅でちょっとだけ心配していたのだ。しかし魔王はトーゴではなく、今まで全く出会っていない新キャラだった。
ああ、良かった。トーゴじゃなかった。何か意味深な事を言っていたから、うっかり不安になってしまった。友人を疑うだなんて、俺はなんと悪い童貞なのだろう。ごめんよトーゴ。それにしても――。
(――なんで魔王は、あんな奇妙な服を着ているのだろう)
頭の片隅を埋めていた心配が払拭されると、空けられたその脳内のスペースには呑気な疑問が芽生えていた。
魔王の衣装は、個性と呼ぶのもためらわれるほど、あまりにも独特な物であった。
上半身にはピチッと密着したサイズ感の網のようなタンクトップを纏っており、着衣と呼べるか疑わしいそのタンクトップは乳首だけを異なる生地で部分的に隠していた。
ハイウエストのショートパンツは両サイドがタンクトップと同様に網となっており、そこから透ける魔王の素肌は彼が下着を履いていない事を堂々と物語っていた。
股間の在処をわざと強調するかのように股にぴっちりと食い込むショートパンツは、尻の割れ目や陰嚢の膨らみ、そして竿の収まる向きを一切隠す役割を持たずに全てを全世界へとはっきり堂々見せつけていた。
そんな衣装にヒールの高いロングブーツを合わせた魔王の服装は、スケベや変態といった言葉以外になんと呼べば良いのか分からず、俺はただただ彼がどうしてあんな常軌を逸した服装で村を襲撃しに来たのかと不思議に思わずにはいられなかった。
その異様なファッションに茫然としていた俺は、再び繰り出された魔王の爆発攻撃を見てハッと我に返った。トンチキな格好をしているが、彼は断じて愉快なおふざけキャラではないのだ。あれは確かに魔王なのだ。決してトンチキ界のボスではない。この世界を滅ぼしに来た、強く恐ろしいラスボスなのだ。
魔王の攻撃は止むことなく、次から次へと容赦なく村人たちを襲った。戦力の差は圧倒的で、俺のセックスで魔力が増加した事を喜んでいた皆は敢え無く地面に倒れ伏し、俺は守られた家の中からそんな光景をぼんやりと眺める事しか出来ない自分のどうしようもない非力さを恨んだ。
もしも俺が、きちんと勃起できていたなら、こんな事にはならなかったかもしれない。しっかりと勃起して皆のアナルにペニスを差し込み、たっぷりと精液を注いでいたら、皆はもっと魔力を得られたかもしれない。この世界は、俺のペニスにかかっていたのに。俺のペニスが、未来を拓く鍵だったのに。全ては俺と、俺のペニスのせいだ。
俺は不甲斐ない己のペニスを心から恥じ、酷く責め、そして呪った。
こんなもの、むしり取ってしまいたい。引っこ抜いて、窓から外に放り投げたい。
あの魔王にぶつけてやりたい。千切り取られたペニスを突然投げつけられたら、さすがの魔王も怯むだろう。
俺の情けないペニスなど、きっとその程度の使い道しかない。
悔しさに涙が滲む。いや、きっと俺以上に悔しいのは、この世界そのものだろう。
俺のような甲斐性なしを主人公として転生させ、その頼りない無垢なペニスに命運を賭けてしまった世界の後悔はきっと甚大な物だろう。
この世界は、きっと滅ぶ。俺のペニスと心中である。
童貞のペニスにぶら下げるには、あまりにも世界は重すぎた。
もうだめだ。ペニスをむしって魔王に向かって投げつけよう。
そう決意して涙を拭い窓の外へと視線を向けると、そこには既に魔王の姿はなかった。百人弱の魔法使いたちが地面に倒れ込む光景。窓の外に見えるその景色は、俺が初めてこの村に来て自分自身を吸血鬼だと思い込み、村人たちの全てに噛み付きまくった直後のようだった。
ただあの時は村人たちの誰も怪我を負っておらず、建物だって無事だった。平和だったのだ。
しかし今は倒壊した建物の瓦礫が散乱し、村人たちは皆傷だらけで、村全体が大きなダメージを受けていた。平和だった光景はどこにも気配すら見当たらず、俺は一変した眼前の現実を受け止められずに窓辺で放心したまま立ち尽くしていた。
村を静寂が包み込む。魔王の襲撃は終わったらしい。汗ばんだ手のひらが異常に冷たく、俺はよろよろと歩き出すと家の外へと歩み出た。
バリアのおかげで、あれほど苛烈な爆風の中でも家は少しも壊れることなく、数時間前と寸分変わらず無事であった。一方、俺のいた家以外の建物は全てが瓦礫と化しており、本当にこれが一週間もかからず元に戻るのか疑わしく思わざるを得ないほどに、どうしようもなく荒れ果てていた。
俺は駆け出し、倒れ込む村人たちへと声を掛けた。
「大丈夫か!?」
「ぁ、あるふぁ、様……!」
ボロ雑巾のように泥だらけで倒れ込む男を一人抱き起してみれば、それは俺が初めて抱いたリンゴの彼だった。健康的に赤々と頬を染めていたあの時の愛らしい顔は傷と泥と煤にまみれており、俺はそんな彼の姿に酷く心を痛めつけられ、ギュッと強く彼を抱いて「ごめんな、俺がもっと魔力を与えられていれば」と今となってはどうしようもない後悔の言葉を零した。リンゴの彼は力なく微笑み、首をゆっくりと左右に振る。
「あるふぁ様、あやまらないで。だいじょうぶです。あなたに被害がなくて良かった。魔力は、またいただければ良いのです。村を再建したら、またみんなに子種をください。あなたの精子が、これからどんどん、おれたちを強くするのですから」
「そうですよ、アルファ様……。アルファ様は全然わるくねーから、あやまらなくても良いんですよ……!」
リンゴの彼に同調する形で上がった声の方を見やれば、そこに倒れていたのはムキムキの彼、パイカさんだった。俺はそっとリンゴの彼をその場に寝かせてパイカさんの元へと歩み寄った。屈強な肉体は傷だらけであり、豊かな胸筋は小さく上下し浅い呼吸を繰り返していた。
「アルファ様が無事なら、それだけで良いんです。あなたはこの世界の希望なんだ。その立派なペニスで、これからも俺たちを強くしてくださいよ。そんでいつか、皆で魔王をぶっ倒しましょう」
ニッコリと朗らかな笑みを見せるパイカさんをギュッと抱きしめ、疲弊した筋肉を優しく撫でる。リンゴの彼や、ムキムキのパイカさんばかりではない。ぐったりと倒れる村人たちは皆口々に俺の無事を喜び、そして未来への希望に満ちた言葉を述べ、そんな余力などないだろうに俺を不安にさせないよう優しい笑みを見せていた。
村人たちが俺を慮ってくれるほどに、俺はどんどん惨めな気持ちになっていた。
彼らを騙している罪悪感に、良心が押しつぶされていた。
俺は、ここに存在する百弱のアナルのどれにも本当は挿入していないのだ。子種の一つも落としてないのだ。この世界に転生してから、一度も射精していないのだ。そればかりか、勃起すら出来なくなったのだ。
俺には皆の期待を背負う器はない。感謝される価値もない。しかし今は、ペニスをむしり、投げつけるべき敵もいない。
(――トーゴは、どこにいるんだろう)
果てしなく湧き出る自己嫌悪に沈む俺の頭の中に、唯一無二の友人の姿が思い浮かぶ。
倒れる村人たちの中に彼の姿は見当たらず、もしや魔王に連れ去られたのではないかという強い不安に襲われる。
あるいは、瓦礫の下敷きになっているのかもしれない。身動きが取れず、どこかで助けを求めているかもしれない。
俺は慌てて立ち上がり、トーゴの姿を探した。
友人の死を乗り越えて覚醒する主人公になどなりたくない。オメガバースのようでオメガバースではない、セックスで皆がパワーアップする、こんなデタラメな世界の中で死人が出るなど許さない。
激しい焦燥に駆り立てられ、懸命に瓦礫の山を捜索する。
ぐったりと倒れ込み誰も動かない村人たちの中で、唯一動く人影があった。遠くにその姿を見た俺は、安堵のあまりに崩れ落ちそうになる膝を叱咤し走り出した。
「トーゴ! 無事だったのか!」
俺の声に気付いたトーゴはハッとしてこちらを見た直後、気まずそうに視線を逸らした。俺はなぜトーゴがそんな反応をするのか分からず、彼の傍へと歩み寄ると再び「トーゴ?」と呼び掛けた。
トーゴの傍らには包帯や薬草などの医療道具が置かれており、どうやら彼は倒れた村人たちの救護をしているようだった。
俺の呼びかけにしばらくトーゴは沈黙し、そして苦し気に目を伏せながら蚊の鳴くような声で「軽蔑しただろ、俺の事」と自虐的に吐き捨てた。
「えっ? なんで?」
「……見れば分かるだろ」
俺には彼の言っている意味が全く理解できなかった。どうやら見れば分かる何らかの事情で、彼は俺に軽蔑されたと思っているらしい。
しかしよく見ても何も分からず、様々な角度からどれだけ見ても少しも分からず、目を細めたり見開いたりしてしばらく自力で頑張ってみてもさっぱり分からず完全にお手上げ状態の俺は素直に「ごめん、全然分からないから教えてくれるか?」と己の観察眼の乏しさを白状した。
そんな鈍感な俺に対して、トーゴは苦々しい表情でポツリと呟いた。
「俺、戦力外なんだよ。この村で。一人だけさ」
そう言われて初めて、俺はトーゴが他の村人たちとは異なり唯一無傷である事に気付いた。
しかしだからといって、なぜそれが彼を軽蔑する理由になるのかは未だに全然分からなかった。
「昔から魔力が弱かったんだよ。戦闘では役に立たない。足手まといにならないように、いつも魔王の襲撃が来る度に俺は安全な所に隠れさせてもらってたんだよ。バリアを張った、家の中にさ」
ああ、と俺は納得した。俺が現在住まわせてもらっているトーゴの家の離れの住居は、そもそもは魔王の襲撃から彼を守るための建物だったのだ。
きっとトーゴは、自分が戦力外である事を俺に知られたくなくて、自分も戦いに出るフリをして見せたのだろう。家屋の外へと出て、しかし戦闘には加わらず、敷地内にとどまったままバリアの中でジッと息を潜めていたのだろう。俺と同じく、魔王の攻撃に倒れて行く仲間達を見つめながら、何も出来ない自分に対して歯痒さも感じていただろう。
「そんで、魔王が帰った頃合いを見計らって、こうやって皆の手当てをするんだ。普通の魔法使いならこんな薬草になんか頼らなくても、回復魔法で皆を助けられるんだけどな。……俺の使える魔法は、これしかないんだ」
トーゴが軽く指を振る。すると倒れる村人の傷口に、パシャリと水が掛けられた。
「清潔な水をヤカン一杯分出す魔法。これが俺に与えられた、たった一つの魔法だよ」
自嘲気味にトーゴが笑う。その魔法には、見覚えがあった。
俺が初めてこの村に来て勘違いから暴走していた時、頭から浴びせかけられた冷水。トーゴがハーブティーを淹れる際に、ヤカンへと魔法で注いでいた冷水。それらの水はトーゴが唯一使える魔法によって生み出されたものであったのだ。
ヤカン一杯の水を発生させる程度では、怪我人の傷口を清めるためには十分に役立つのだとしても、魔王の襲撃を迎え撃つ戦力になりはしないだろう。
トーゴは戦えない自分の弱さに強い劣等感を抱いており、その弱さが俺にバレてしまった今、軽蔑されたに違いないと思って酷く落ち込んでいるらしい。
しかし俺は、トーゴに対してそんな感情を抱くわけもなかった。ヤカン一杯の水だろうが、コップ一杯の水だろうが、魔力を持たないただの人間である俺にとっては等しく凄まじい奇跡だった。
弱かろうが強かろうが、トーゴは魔法を持っている。一方、俺が持っているのは使えないチンポひとつだけだ。軽蔑されるべきなのは、トーゴではなく俺だろう。
「……俺も、アルファに抱いて貰えたら、少しは強くなれるのかな」
救護活動を再開したトーゴがポツリと呟く。傷口を洗い、薬草を宛がい、包帯を巻く。その丁寧な作業を大人しく眺めていた俺は、トーゴの突然の呟きを聞き「えっ」と間抜けた声を上げた。トーゴはうつむき、冗談だよ、と乾いた声で小さく笑った。
「俺なんかを抱く暇があったら、アルファは他の人とセックスをするべきだ。魔力の強い別の魔法使いを抱いたほうが、戦力を向上させられる。俺の魔力が上がったとしても、精々一回あたりに出る水の量がヤカン一杯分からタライ一杯分に増えるくらいだろうからな。こうやって皆の手当てをするには、ヤカン一杯分ずつ水が出せればそれで十分だ」
それからトーゴは何も言わず、黙々と村人たちの手当てをした。村人たちは皆トーゴの処置を受けて素直に感謝しているようだったが、強い劣等感を抱える彼の心は自分が村の役に立てているという意識を少しも感じていない様子だった。これしか出来なくて申し訳ない、というトーゴの後ろめたい感情は、傍にいてそれを見守る俺にも痛いほどに伝わって来た。その苦しみは、俺にもよく分かるものだった。
本当はもっと役に立ちたい。しかし、それが叶わない。心を蝕むそんな苦痛は、突発的にペニスをむしり取ってしまいたくなるほど酷く絶望的なものなのだ。
村人全員の手当てを終えたトーゴが勢いよく立ち上がる。
「よし、これで皆の手当てはおしまいだ。俺の魔法では瓦礫の片付けも建物の再建もできないからな。この村を復興させるためには、皆に頼る事しか出来ない。後は皆の回復を待って、食事を取れそうな人から順に薬草粥とハーブティーをあげるんだ。俺に出来る事は、それだけさ」
俺に顔を向けたトーゴは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
先ほどまでの自嘲的な笑みではない、それは今まで俺が見慣れたいつものトーゴの顔だった。
「アルファはもう帰っても良いぞ。皆が回復したら、またたくさんあいつらを抱いて貰わないといけないからな。それまで、お前は体を休めてくれ。後でいつものハーブティーを淹れに行くからな」
「トーゴはどうするんだ? 何か手伝えることはないか?」
「俺は薬草粥に入れるための薬草を採ってから帰るよ。アルファは気にせず、休んでくれ。各々しっかり、自分の出来る仕事を頑張ろうぜ」
ニッと笑ったトーゴが俺の背中を叩く。今まで何度も俺を励ましてくれたその感触が今はほんの少し弱々しく思えたが、自分に出来る仕事を頑張ろうと言われてしまうとそれに逆らう事も出来ず、皆が回復したらセックスを頑張るという己の任務を全うするため俺は素直にすごすごと帰宅するしかなかった。
――自分に出来る仕事。トボトボと帰路に就きながら、俺は悶々とした思いを抱えていた。
世界の命運は俺のペニスに賭けられている。勃起できずに重力に任せてぶらぶらと宙ぶらりんのそれは、我ながら非常に頼りない。こんなイチモツに未来を託したデタラメな世界で、皆は真剣に生きている。傷だらけになり、泥だらけになり、必死に運命と戦っている。己に与えられた力、己が持っている役目、それらに従い物語の中を生きている。そんな物語の主人公として、俺は何をすべきなのか。
ペニスをむしって誰かに投げつけるのは、俺のすべきことではない。総攻めボーイズラブの主人公は、そんな事はしない。たとえ勃起できなくとも、たとえ童貞であろうとも、ボーイズラブの攻めにとってペニスは必要不可欠な柱だ。どれだけ頼りなかろうとも、掛け替えのない唯一無二の大黒柱だ。
(なあ、相棒)
黙する股間に心の中で語り掛ける。皆が回復したらセックスを頑張る。それもまた、一つの物語の道筋だろう。
けれど俺には、他に選ぶべき道がある。俺は、総攻め主人公なのだ。
(そろそろクライマックスだと思うんだが、お前の出番はまだなのか?)
トボトボと力なく歩いていた俺は立ち止まり、大きく深呼吸をした。
俺は総攻めなのだ。この世の全てを抱くために、俺はここに存在するのだ。
踵を返し、今来た道を足早に戻る。
――この世界には、まだ俺に抱かれていない男がいる。
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