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第2話-2 松永と春
松永は春が事務所に入った9歳の頃から、18歳になった現在まで、ずっと春を担当している。
春は事務所社長である霧峰志子 の大のお気に入りで、それまで複数担当していたタレントのマネージメントから突然外され、春が入所してすぐ、春一人の担当を任された。
"かなり繊細な子だから"
と霧峰が言っていた通り、春は担当してからしばらく、挨拶以外の会話はほとんどしてくれず、なかなか心を開いてくれなかった。
松永のどんな質問にも、はい、か、いいえ、だけしか答えず、そんな春に松永は手を焼いたものだ。
しかしそうして根気よく担当を続けた今、ある程度の信頼は得ていると、松永は自負している。
昨夜の公演。
公演途中、春は舞台から履けて次の衣装に着替えをするという時に、突然倒れた。
松永はその時客席付近で待機しており、裏にはいなかった。
突然、無線でスタッフの焦った声が飛び交った。
"倒れた!春が倒れた!"
突然の知らせに、松永は思わず息を呑んだ。
"松永!"
"春が、松永を呼んでる!"
そう一人のスタッフが声を上げ、松永はそれを聞いてすぐ舞台裏へ走って向かった。
裏につくと、春はスタッフに上半身を支えられ、床に力無く座り込むように倒れていた。
呼吸は荒く、肩が激しく上下に震えている。
松永が来たことがわかると、
春は途切れ途切れに言った。
「…このまま…最後まで…出ます」
そう言った春に、これでは出れない、と咄嗟に松永は言う。
しかし、春はそれを聞かず、出ます、としか言わない。
黙って見ていた他のスタッフも、とりあえず少し休もう、最後の挨拶だけ出よう、などと、口々に春に声をかける。
しかし春は言った。
「メンバーも…ファンの人も…みんな今日を楽しみにしてたから」
「今日は今日しかないから」
「だから出ます」
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