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第4話-6 病室にて

春の母親がこちらを向いた。 秋はそれに急いで立ち上がり、あっ、あっ、と声をあげた後、緊張した様子で名前を告げた。 「あ、あの…今瀬秋、と言います」 すると春の母親はにこりと微笑み、言った。 「春の母親の、壱川樹香(いちかわきか)です」 「お友達?」 樹香は優しく秋に尋ねる。 秋は、笑い方もそっくりだ、と思いつつ、えっと…と春を見た。 春は小さく微笑んだまま、少し俯いて自分の手元を見ている。 秋はその様子を見て、そうです、と答えた。 すると樹香はまた優しく微笑み、病院まで来てくれてありがとうね、と言った。 そうして、こっちおいで、と樹香は秋を手招きし、秋は言われるがまま、先ほど霧峰が座っていた椅子に腰掛けた。 樹香は再び春に向き直り、優しく、でも少し困ったような口調で言った。 「柚葉(ゆずは)檬菜(もな)も行くって聞かなくて大変だったのよ」 春はそれにふっと笑って言った。 「心配かけてごめんね」 「それが私の仕事だもん、心配くらいさせてください」 樹香のその言葉に、うん、と春が静かに頷いた。 「しばらく家、帰ってくる?」 「…ううん、仕事、あるから」 「…そう」 そうして樹香はふわりと優しく春の手のひらを包んで、いつでも帰ってきなさいね、と言った。 すると松永と霧峰が病室に戻ってきた。 そろそろ私行かないといけなくて、と言った霧峰に、樹香は、じゃあ私も、と言った。 えっでも…と言った霧峰に、樹香はふわりと笑い、一目顔が見たかっただけだから、と言った。 そうして霧峰と樹香は、あっという間に帰ってしまった。

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