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第5話-1 キス以上のこと

あれから秋は、ほとんど毎日、春の自宅で寝泊まりするようになっていた。 退院してからすぐ仕事に復帰した春は、「2年くらい休んでも良いわよ」なんて言った霧峰の言葉が嘘のように、また以前と変わらないほど忙しい日々を送っていた。 秋は今日も1人、春の自宅で春の帰りを待ち侘びていた。 深夜2時頃。 秋、と呼ぶ春の優しい声で目が覚めた。 ソファで寝落ちしてしまったらしい。 慌てて飛び起きた秋は、ご飯食べる?と春に問う。すると春はううん、大丈夫、と答えた。 そう?と秋は冷蔵庫に目をやる。 春が帰ってきた時にさっと食べられるように、作っておいておいたのだ。 それに春が気づいたのか、作ってくれたの?と聞いた。 「ああ、でも明日俺食べるから大丈夫だよ」 すると春が、食べたい、と言った。 秋は心配そうに言う。 「無理しなくていいよ?」 そう言った秋に、春は小さく微笑み、言った。 「…お腹減った」 秋は小さく吹き出し、温めるから待って、と言い、キッチンに向かった。 美味しい、と小さく微笑み、春は食べ進める。 秋はそれをじーっと眺めている。 春は食べてる時、ほとんど話さない。 テレビをつけてもそれに目をやらず、食べることに集中して、黙々と食べ進める。 秋は春のそういうところも、好きだった。 けれどあまりにも秋がじーっと見ているからか、ん?と言う表情を向けた。 ううん、と秋は首を振る。 そしてふと考える。 春が退院してからずっと勝手にこの家で暮らしているけど、春は嫌じゃないだろうか。 仕事を終えて疲れて帰ってきて、1人で過ごしたい時もあるんじゃないだろうか。 少しの不安が込み上げる。 またじーっと眺めている秋に、春が目を合わせる。 秋が口を開く。 「俺毎日いるけどさ、邪魔じゃない?」 春はポカン、とした表情をして、言った。 「邪魔じゃないよ」 「ほんとに?疲れて帰ってきてさ、ヴァーってなりたい時とかないの?」 秋のその独特の言葉使いに、春は少し微笑み、言った。 「いると思ったら、嬉しいよ」 秋はくっと顔を顰める。春が言ってくれるそうした素直な愛情表現に、まだ慣れていないのだ。 「じゃあほんとに俺、ずっといるよ?」 「うん」 「荷物とか持ってきちゃうよ?」 「いいよ」 「ほんとに?」 「うん」 「一緒に住むってこと…だよ?」 春が小さく笑った。 「住んでくれるの?」 「春が…いいなら」 「…じゃあただいまって言えるね、これから」 そう言って春がいつになく優しく微笑んだ。 その笑顔に、春も一緒にいたいと思ってくれてるんだ、と秋はたまらなく嬉しくなった。 「じゃあ俺はおかえりだ」 照れ隠しのように、秋はおどけてそう言った。 「逆の日もあるかもね」 秋はたまらなくなり、机を挟んで向かい側にいる春に抱きついた。 春は箸を持ったまま、少し困ったように笑ったけど、開いている手をそっと秋に回してそっと抱きしめた。

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