25 / 236
第5話-1 キス以上のこと
あれから秋は、ほとんど毎日、春の自宅で寝泊まりするようになっていた。
退院してからすぐ仕事に復帰した春は、「2年くらい休んでも良いわよ」なんて言った霧峰の言葉が嘘のように、また以前と変わらないほど忙しい日々を送っていた。
秋は今日も1人、春の自宅で春の帰りを待ち侘びていた。
深夜2時頃。
秋、と呼ぶ春の優しい声で目が覚めた。
ソファで寝落ちしてしまったらしい。
慌てて飛び起きた秋は、ご飯食べる?と春に問う。すると春はううん、大丈夫、と答えた。
そう?と秋は冷蔵庫に目をやる。
春が帰ってきた時にさっと食べられるように、作っておいておいたのだ。
それに春が気づいたのか、作ってくれたの?と聞いた。
「ああ、でも明日俺食べるから大丈夫だよ」
すると春が、食べたい、と言った。
秋は心配そうに言う。
「無理しなくていいよ?」
そう言った秋に、春は小さく微笑み、言った。
「…お腹減った」
秋は小さく吹き出し、温めるから待って、と言い、キッチンに向かった。
美味しい、と小さく微笑み、春は食べ進める。
秋はそれをじーっと眺めている。
春は食べてる時、ほとんど話さない。
テレビをつけてもそれに目をやらず、食べることに集中して、黙々と食べ進める。
秋は春のそういうところも、好きだった。
けれどあまりにも秋がじーっと見ているからか、ん?と言う表情を向けた。
ううん、と秋は首を振る。
そしてふと考える。
春が退院してからずっと勝手にこの家で暮らしているけど、春は嫌じゃないだろうか。
仕事を終えて疲れて帰ってきて、1人で過ごしたい時もあるんじゃないだろうか。
少しの不安が込み上げる。
またじーっと眺めている秋に、春が目を合わせる。
秋が口を開く。
「俺毎日いるけどさ、邪魔じゃない?」
春はポカン、とした表情をして、言った。
「邪魔じゃないよ」
「ほんとに?疲れて帰ってきてさ、ヴァーってなりたい時とかないの?」
秋のその独特の言葉使いに、春は少し微笑み、言った。
「いると思ったら、嬉しいよ」
秋はくっと顔を顰める。春が言ってくれるそうした素直な愛情表現に、まだ慣れていないのだ。
「じゃあほんとに俺、ずっといるよ?」
「うん」
「荷物とか持ってきちゃうよ?」
「いいよ」
「ほんとに?」
「うん」
「一緒に住むってこと…だよ?」
春が小さく笑った。
「住んでくれるの?」
「春が…いいなら」
「…じゃあただいまって言えるね、これから」
そう言って春がいつになく優しく微笑んだ。
その笑顔に、春も一緒にいたいと思ってくれてるんだ、と秋はたまらなく嬉しくなった。
「じゃあ俺はおかえりだ」
照れ隠しのように、秋はおどけてそう言った。
「逆の日もあるかもね」
秋はたまらなくなり、机を挟んで向かい側にいる春に抱きついた。
春は箸を持ったまま、少し困ったように笑ったけど、開いている手をそっと秋に回してそっと抱きしめた。
ともだちにシェアしよう!

