74 / 237

第11話-2 その夜

部屋に入ると、向井はリビングのソファに腰掛けていた。 三人を見て、すっと立ち上がった。 そして、座って、と、向かいのソファを手のひらで示した。 そうして、春と秋は向かいのソファに腰掛け、松山は向井の隣に腰掛けた。 そうして向井は、机に置いていた封筒を春に差し出した。 「これ」 春はその封筒に目をやり、そうして視線を静かに上げ、向井を見つめた。 「こういうのを春が受け取らないことが、僕の救いになってたけど…春にそういう意識はなかったよね」 春はそう言われて向井から目線を外して何度か瞬きをした後、静かに言った。 「はい」 その返事を聞いて、向井が小さく笑った。 「どうして受け取らなかったか、聞いてもいい?」 するとしばらくの間をおいて、春は静かに口を開いた。 「…誰かに求められることを返すのが…自分の生き方だと思っていて…そういうのに対価を貰うのは、仕事だけだと思ってたので」   「じゃあ、僕に会うのは何だと思ってたの?」 春は黙った。 向井が再び問う。 「…春の意思で…ここに来てた?」 すると春は静かに言った。 「…はい …ただ…自分が救われたくて… ここに来てたんだと…思います」 向井はじっと春を見つめたまま黙り込んだ後、視線を落として小さく息を吐いた。 「…そう」 「僕も…君に随分と救われたけどね」 そうしてしばらく俯いたあと、向井はまた目線を上げ、春を見て言った。 「もう僕は春を利用しないし、春も僕を利用しない  お互い…そんな必要はもうないよね」 「はい」 「これは受け取って みんなにこうして対価を払ってた 春だけ特別にする意義はもうないから」 春は向井のその言葉に、小さく頷いた。 秋はふと、松山に目線をやる。 松山はじっと俯いて、ただ話を聞いているようだった。 「まあ二人で美味しいものでも食べなよ」 そう言って向井はどこかすっきりとした表情を浮かべていた。 ―― 帰り際、玄関まで見送りに来た向井は、秋に声をかけた。 「秋くん、ごめんね」 秋はそれに少し顔を顰め、言った。 「…あっくん泣かせたら今度はマジで許しませんから」 すると向井はははっと笑い、言った。 「友達、だから?」 「…そうですけど」 「君は友達想いのいい子だねぇ」 そう言って笑う向井を、秋はキッと睨みつけた。 そしてその視線を緩め、秋は言った。 「でも俺も…向井さんに…酷いこと言いました。…すみませんでした」 向井はふっと優しく笑い、やっぱりいい子だね、と言った。

ともだちにシェアしよう!