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第12話-1 かわいい

翌朝、秋が目を覚ますと、眠りについた時のまま、腕の中にはすっぽりと春が収まっていた。 ふと春の顔を覗くと、頬にはまた乾いた涙の跡があった。 あの後一人で泣いたんだろう。 秋はその涙の跡を指で優しく撫でた。 すーっと小さな寝息を立て、春は眠っている。 春の昨日の涙を思い出す。 春は出会ってから付き合うまでの三年間、何度思いを伝えてもそれを受け取らず、何度も同性が好きであることへの畏れを見せていた。 "心底気持ち悪い"と自分を否定するほど、春はそんな自分を受け入れられないらしい。 きっと春には、これだけ臆病になって自己嫌悪に陥ってしまう程の原因が、過去にあったのだろう。 松山だってそうだ。 "恋愛に意味を見出すなんてそんな贅沢なこと出来ない" "ただ好きな人と一緒にいたいって思ってるだけなのに" 過去、春への恋心を相談した際にはそうやって心の陰りを松山は吐露した。 実際、秋は春を好きになるまで、そして春を好きになってからも、男を好きだということには何の引け目も感じていなかった。 これまで女性に想いを寄せていたのとなんら変わりない。 ただ誰よりも好きで、そばに、一緒にいたい。 誰に何を言われるとしても、秋は怖くはなかった。 春が悩んで苦しんでいるなら、秋はそれを救いたい、と思っていた。 " 怖くないよ、ね、大丈夫でしょ? " そうやって、春の手を取って、春の不安をそっと解きたかった。 春の不安を、その恐れを、弱さを、理解したい。

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