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第13話-1 謎の訪問者
あれから2週間ほどして春はやっと海外での撮影を終え、日本に完全帰国した。
それからも変わらない忙しい日々を送り、その中でも時間を見つけては春と秋は静かにその愛を育んでいた。
秋は秋で、週末には都内の小さなライブハウスでバンドやシンガーソングライターが集まる対バンイベントに出演し、売れるとは縁遠いものの、十数名の熱心なファンが毎度駆けつけてくれた。
また、向井の家に訪ねたあの日から数週間後、秋の元にドラマの劇伴、いわゆるドラマ中のBGMの制作依頼が舞い込んだ。
ほぼ無名の秋に、そんな依頼が来るはずがない。
マネージャーに尋ねると、そのドラマは向井脚本のドラマで、制作依頼は向井の直々の使命とのことだった。
秋は少し悩んだものの、高校を卒業してからは親からの仕送りもなくなり、基本的な生活費は春が支払ってくれていたが頼ってばかりはいられない、と、その仕事を受けることにした。
向井なりの謝罪のつもりなのだろう。
向井に連絡を入れるのは気後れし、秋は松山に連絡を入れた。
松山はそれを知らなかったらしく、へえ、と短く言った後、会おうとか言われてないよね、と尋ねてきた。
「言われてないよ、向井さんから連絡何もないよ」
「…そう」
「…うまく行ってんの?」
「……まあ…」
「だったらまあ…信じてあげなよ」
松山はその電話で信じてるけど不安は尽きない、と漏らし、秋は不安にならないの?と尋ねてきた。
「不安って…何、浮気するかも、みたいなこと?」
「春モテるよ」
「いやそうだろうだけど…」
「何、ずいぶん余裕じゃん」
「いやそんな余裕ってわけじゃないけど…だって春忙しいしそんな暇なくない?それに…」
「それに?」
あ、いや、と秋は言いかけたそれをやめた。
春は滅多に言葉にしないけど、それでも不器用ながらに秋に接するその態度や目線、春のその全てで、秋のことを好きでいてくれているのが痛いほど秋には伝わっていた。
浮気のうの字も浮かばないほど、それは熱に帯びているのだ。
しかしそれを言葉にするのはなんとも気恥ずかしく、秋は誤魔化すように話題を変える。
「まあ、とりあえず俺も仕事頑張んないと いつまでも春に頼りっぱなしじゃダメだし」
そう言って秋は電話を切った。
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