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第16話-2 初めてのデート
そしてもうひとつは、スーツを着てほしい、ということだった。
秋が誕生日を迎える数ヶ月前、友人である松山淳 から何か欲しいものある?と尋ねられた。
秋はなにもいらないよ?と一度は答えたのだが、向井との一件もあり恩義を感じていたらしい松山から、なんでもいいからとしつこく尋ねられ、じゃあ…と、春用のスーツが欲しい、と答えたのだ。
松山は秋へのプレゼントだよ?とだいぶん渋ったのだが、秋が頑なに春用のスーツがいい、と答えるので、なんか変なことに使わないでよ?と苦言を呈しつつも、春のスタイリスト経由で春の採寸データを手に入れ、しっかりとオーダーメイドでスーツを作ってプレゼントしてくれた。
店には秋も連れて行き、揃いにしなよ、と、春とお揃いで秋までスーツを作ってもらってしまっていた。
かなり高額な会計に秋はだめだよ…と言ったが、向井さんに払わせるから大丈夫だよ、と松山はあっけらかんと言った。
そうして秋は自分のスーツをすっかり身につけ、春のスーツをソファに置き、春がそれを着た姿を想像してうっとりとした。
春のスーツ姿は、ドラマや映画、音楽番組などでとうに見たことがある。
しかし、それはいつも画面越しで、秋は生で春のスーツ姿を見たことがなかった。
秋は、春のスーツ姿が大好きだった。
春の驚くほど長く細く伸びた足に、スーツはよく映えた。スタイルが良い分、シンプルなスーツがよく似合うのだ。
加えてあの春の顔。
ハッと目を見張るような美しさと派手さがありつつも、春の顔はどこか品があった。いつもふわりと微笑んでいる表情のせいだろうか、とにかく、春がスーツに身を包んだときの、まさに最高級品、といった様が、秋は大好物だった。
そして――。
変なことに使わないでよ?と松山から言われてはいたが、それでもやはり、どうしても秋は想像してしまった。
秋を優しく押し倒し、春がなんとも邪魔そうにネクタイを緩める。
そうして秋の手が春のYシャツのボタンを一つずつ外し、はだけたシャツの隙間から、春の綺麗な肌が覗く――。
だらしない顔で秋がそんな妄想をしていると、とんとん、と突然肩を叩かれて、秋は思わず大声を上げて飛び上がった。
振り返ると、春が目を丸くして同じく驚いていた。
それもそうだ、声をかけた秋が大声を上げて飛び上がったのだから、驚いて当然だろう。
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