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第19話-15 春の誕生日
――
春がやっと落ち着いた後も、秋は春を決して離さず、ずっと抱きしめていた。
秋が手を引いて寝かせるまで春は動かず、そうして秋に抱きしめられて横になってもずっと、目を伏せたままだった。
秋が無理やり手のひらで瞼を撫で、そうしてやっと目を閉じた春は秋の腕の中で眠りについた。
――
翌朝。
秋は全然寝付けず、ずっと起きていた。
ただじっと眠る春を見つめ、浮かない顔をしていた。
怒りだとも悲しみだとも言い切れない感情が秋の中には渦巻き、それは結局寂しさなのかもしれない、と秋が気づく頃、秋の腕の中で春が目を覚ました。
春はゆっくりと目をあけて、視線を上げて秋を見つめた。
そうして小さな声で言った。
「…昨日…どうやって…帰ってきた…?」
秋はその春の発言に一息置き、はぁ、と大きなため息をついた。
「…覚えてないの?」
「……うん」
「何にも?」
「…ビール…飲んだとこまでは…覚えてるんだけど…」
秋は再び大きなため息をついた。
そして呆れたように小さく笑った。
そうしてぎゅぅ…と春をこれまでにないほど強く抱きしめた。
春はんん…と小さく呻き声をあげ、くるしい…と少し笑う。
それにまた秋は小さくため息をつき、身体を離し、向かい合わせになったあと、春、聞いて、と話し始めた。
「…ん?」
「あのね、俺ね」
「うん」
「春が好き」
「…ふふ、うん」
「ちゃんと聞いて」
「……聞いてるよ」
「聞いてない 春はちゃんと聞いてない」
「……え?」
「俺は、この世に存在する…人間の中で、もう全てのものの中で…生物の…もう…ありとあらゆるもの全ての中で、春が1番好き」
「もう、ありえないくらい好き ほんとに…おかしくなるくらい好き」
春は呆気に取られている。
けれど秋は構わず続ける。
「春に好きって言われるたびに、もう…それ以上の幸せないんじゃないかって思うくらい嬉しくて、嬉しくて嬉しくてたまらなくなる」
「俺はずっと、春とこの先も一緒にいたい それくらい、もう、ありえないくらい好きだから…分かる?」
「………ああ…うん」
「分かってる?ちゃんと、分かってる?」
「……どうしたの?」
「どうしたの、じゃないから 分かった?」
「………うん」
秋は息を呑み込み、続けた。
「春にいつだって触りたいし、いつだって触られたい 好きだから」
「…もし会えない時があったりしても、例えば…喧嘩とか…そういうのして…会えなかったり…喋らなかったりしても、俺はその時も心底、春が好きだから」
「一分一秒、隙間なく…もう…ずっとずっと好きだから」
「だから俺は…春とどうしても一緒にいたくて、ここにいるの だから今、すごい…すごい幸せなの 大好きだから、大好きな人と一緒にいれてるから、幸せで、この先も絶対にそう思ってるから」
「……今言ったこと全部、春は絶対に忘れないで どんな時も絶対、絶対忘れないで 仕事しててもお風呂入ってても…ご飯の時も…トイレの時も、あとは…歩いてる時も寝てる時も、ほんとに生きてるうちは…絶対忘れないで」
「約束して」
春はじっと秋を見つめて秋のいうことを聞いている。
その瞳は大きく揺れている。
「約束できる?」
「……うん」
「本当だよ?絶対だよ」
「…うん」
そうして秋は春を再び引き寄せ、抱きしめた。
そうして吐き捨てるように言った。
「…春のバカ」
すると、春が恐る恐ると言った様子で、小さな声で尋ねた。
「……僕…なんか…しちゃった?」
秋はそれに、同じように答える。
「…何もしてない!バカなだけ!」
そうしてまたため息をつき、今度は少し優しい口調で言った。
「…春、今日は飲まないで帰ってきて」
「…うん」
「…歌、作ったから」
「…うん」
「ちゃんと聞いて欲しいから」
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