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第20話-3 兆し

カタカタとパソコンのキーボードを打ち込み、歌詞を登録した後、秋はん〜…と小さく声をあげた。 この曲のタイトルを、まだ秋はつけていなかったのだ。 春に送った曲だから…と、秋は春…春…と呟くように声を出しながら、部屋を歩き回る。 「(はる)…とか…?でもそのまま過ぎるしな…春といえば桜…?でも桜って感じじゃあ……あ、花…」 そう呟いて、秋は閃く。 「…花束」 そうだ、それがいい。 秋が少しずつ心で育てていた春への想い。 春を好きになって、嬉しいことも、悲しいことも、たくさんあった。 秋は空想する。 そうして春から注がれたたくさんの言葉や表情、思い、それらで育っていった秋の心にたくさん咲いた色とりどりの花たち。 秋がそれを一つずつ摘んで、そうしてそれらを一つの大きな大きな花束にして、春に手渡す様を。 この曲は、まさしくそんな曲だった。 悲しいのも嬉しいのも、春から注がれたそれらは全部全部、秋にとってとても大切なものだった。 それから生まれた感情を一つ一つ言葉に紡いで音にして、秋はこの曲に春への好きを詰め込んだ。 大丈夫、怖くない。ね、怖くないでしょ? 俺だって不安だよ。…だって春の恋人だよ? でもさ、一緒にいようよ。 だってさ、好きだもん。 春も好きでしょ? そうでしょ――? 秋はタイトル欄に花束、と入力し、リリース登録を終えた。 今日日付が変わる頃には配信されるはずだ。 秋はギターを手に取り、花束のコードを鳴らす。そうして鼻歌のように、歌い出した。 思わず微笑んでしまう。 やっぱり好きだ。春が、好き。 あんなふうに泣いた顔も、震えた肩も、そうして春が吐露した不安も恐れも。 今はなんだか、それすらも愛おしい。 そうだ、と秋は携帯を取り出し、カメラアプリを起動した。 そうして机に立て掛け、んん、と咳払いをし、動画の撮影ボタンを押した。 そうして今度は本気で、あの時春に歌ってみせたように、もう一度、秋は花束を歌った。 最後の一息を吐き切り、秋は動画を止め、すぐにその動画を見返してみる。そしてやっと気付く。 「うわ、めっちゃ髪ボサボサ…あはは」 秋は春を寝起きのまま見送り、そうして寝癖がついた髪のまま部屋にこもって作業をしていたのだ。 一瞬、撮り直そうか…とも迷うが、まあいいか、と秋は思った。 高校時代、春に会う前はいつだって髪をセットして、何度も何度も鏡を見て身だしなみを整えていた自分を思い出す。 でも今は、春と一緒に暮らして、こんなふうに寝癖がついたままで春にキスをして、抱きしめ合い、笑い合っている。 これから先も、そんな毎日を春と送りたいな。 この曲らしい、とそんなことすら、秋は思った。 そうしてそのまま動画投稿のアプリを開いた。 秋がこれまで投稿した、自身の曲の弾き語りやカバー曲の弾き語り動画が並ぶ画面をスクロールした。 そして先ほどの動画を切り取り、秋は「大好きな人に贈る"花束"!」と打ち込み、アップロードした。 秋はもう一度動画を見返す。 そしてやっぱり笑ってしまった。 「…やっぱ撮り直した方がよかったかな」 そう言ってまた笑って、けれど秋はそのまま携帯を閉じた。

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