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第21話-1 忙しい日々

その日春がいつものように深夜に帰宅すると、リビングの電気はついていたものの、そこに秋の姿はなかった。 ふと寝室を覗くと、秋はすでにベッドで寝息を立てていた。 このところ毎日そうだ。 春は少しだけ寂しそうな顔をした後、秋がちゃんと眠っているのを見て安心したのか、そっと微笑んだ。 秋は投稿した自身の楽曲「花束」の弾き語り動画が突如注目を浴び、あれから4ヶ月、怒涛の日々を送っていた。 あの動画がバズってすぐ、秋の元所属していた事務所が秋に再契約の話を持ちかけてきた。 秋は当初渋っていたようだったが、秋の母親から「あんな大手さんが声かけてくれてるのに契約せんのやったら全部辞めて帰ってこい」と強く言われたようで、結局元事務所と再契約を結んだ。 そうしてその大手音楽事務所の強いプッシュがあり、秋は音楽番組だけでなく、バラエティにも多く出演、その天真爛漫で明るく嫌味のないキャラクターですっかりお茶の間の人気者になっていた。 「花束」は多くの恋する若者に支持され、これまでおばさま方が中心だった秋のファン層はガラリと変わり、10〜20代の若者が秋を熱烈に支持するようになった。 そうして秋の容姿に目をつけた若年層のファンらの需要を満たすように、秋はアイドル雑誌などからも多く声がかかり、それによりまたファンを増やしていた。 リビングのテーブルには秋が春のために作ってくれたご飯が置いてあった。 そばには丁寧にかかれたメモが置いてあり、電子レンジのイラストと"ここを押して3分!"と注意書きがされていた。 春はそんな過保護な秋のメッセージに思わずふふ、と笑みをこぼした。 秋はそうして忙しくなってからも必ず毎晩春のご飯を準備し、家事や洗濯をこなしていた。そうして朝になるとこれまで通り春を起こし、眠そうな目を擦っていってらっしゃ〜い…と必ず見送った。 春はそれを嬉しく思う反面、やはり秋が心配で、「しなくて良いよ」と言うのだが、秋は決まって「俺の楽しみ奪わないで!」と言い、聞いてはくれなかった。

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