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第21話-3 忙しい日々
そうして春を送り出してすぐ、秋はバラエティ番組の収録のため、テレビ局に向かった。
ヘアメイクを終え、秋が廊下を歩いていると、コツコツと足音が聞こえ、ふと秋が振り返った。
そうして歩いてくる人影に、秋の胸は思わず高鳴った。
それが他でもない、春だったからだ。
春は音楽番組の収録だったのか、煌びやかな衣装に身を包み、髪をしっかりとセットしていた。
いつものラフな春とは違う姿を生で見て、そのオーラに秋は思わず圧倒された。
春のそばには松永もおり、秋はなんて声をかけよう、とそわそわとし始めた。
が、春は秋とすれ違う直前まで秋に目もくれず、そうしてやっと目があったと思えば、短く「お疲れ様です」とだけ声をかけ、すぐに目線を外した。
軽く微笑んではいたものの、それはいつも秋に向ける微笑みとは随分と違う他人行儀なものだった。
秋は呆気にとられ、春に何も声をかけることができず、そうして通り過ぎた春の背中を見えなくなるまでただ眺めていた。
春が廊下の角を曲がって見えなくなってから、秋はやっと視線を戻し、仕方ないか、と考え直す。
春と秋の関係は決してオープンなものではない。
春は俳優でありながらアイドルを生業にしており、そもそも恋愛は御法度だ。
それに、春は自身のセクシャリティをほとんど誰にも明かしていない。
テレビ局の廊下、誰が見ているかも分からない場所で、秋に親しげに声をかけない、というのはなんらおかしいことではなかった。
むしろ、春のプロ意識がそうさせるのだと、秋は感心の気持ちさえ生まれた。
「…うし」
パチン、と自分の頬を叩いて秋は気合を入れ直し、収録のためスタジオへ歩き出した。
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