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第21話-5 忙しい日々
今日いつもより少し早く帰宅した秋は、ずっと忙しくて部屋の掃除をサボっていたことを反省し、家中の大掃除をした。
いくつかあるうちの一つ、秋が滅多に入らない、春が台本などを置いている物置部屋にも入り、春の台本が所狭しと並んだその本棚にかかった埃を丁寧に拭き取った。
そうしてふと、小さな箱が目に入った。
それはブランドものの小さな空き箱で、アクセサリーなどが入っていたのだろうそれを秋は何気なく開けた。
すると、そこには秋がこの何ヶ月かで春に書いた置き手紙が一枚残らず入れられていた。
秋は目を見開いた。
「ええ……こんな…捨てて良いのに…」
その手紙はただ、料理や家事が全く出来ない春がちゃんと置いてあるご飯を温めて食べれるようにと、電子レンジの使い方や鍋の温め方などの指示を書いているだけで、特別なことは何も書いていない。
秋はそうして捨てずに置いておいてくれたことに胸がいっぱいになった。
早く会いたい。
秋はたまらない気持ちで耐えられなくなり、あああ!と意味もなく1人叫んだ。
そうしてそれを思い出し秋が頬をだらりと緩めていると、ガチャリと玄関が鳴った。
秋はだっと立ち上がり、玄関に走って向かった。
「おかえり!」
そう言って秋が飛びつくと、春はただいま、と優しく言った。
そうして飛びついた春の首筋からは、少し甘い匂いがした。
春は仕事によって香水を使い分けているようで、アイドルとしての活動だけの日は、バニラのような甘い香りの香水をいつもつけていた。
俳優としての仕事の日は柑橘が少し香るグリーンの香水、どちらもある特に忙しい日は、自然な甘さと爽やかさが両立したようなホワイトムスクの香水だ。
それらを使い分けることで仕事のスイッチの切り替えを春はしているようで、秋は春が選ぶそのどの香水も品があって好きだったが、結局秋が特に好きだったのは、何もつけていない、春の陽だまりのような優しい素の匂いだった。
秋がくんくん、とその香りを嗅ぐようにしていると、臭い?と春が尋ねてきた。
秋はううん、と首を横に振り、いい匂い、と言って微笑んだ。
「昼、ごめんね」
「え?」
「テレビ局ですれ違った時」
春は少し目尻を下げ、申し訳なさそうに秋にそう言った。
秋はぶんぶんと首を横に振り、明るく言った。
「仕事モードの春…カッコよくて見惚れちゃった」
春ふふ、と喉を鳴らして小さく笑った。
「ご飯は?」
「今日は大丈夫」
「そっか」
「…じゃあシャワー浴びてくるね」
「うん」
「秋はもう済んだ?」
「うん、さっき浴びたよ」
「そっか」
そうして腕を離して春に目をやると、じっと秋を見据えていた。
秋はそれにどきりとして、唾を飲み込んだ。
「待っててね」
そう言って春は浴室に消え、秋はすでに秋に向けられた春のその目に微かな興奮を感じていた。
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