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第22話-3 災いの中のひととき
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「…き、秋」
ふと自分の名前を呼ぶ声で目が覚めた。
ふと顔を上げると、春が心配そうに片手に水を持ち、秋の横にしゃがみ込んでいた。
秋は咄嗟に春に背を向ける。
「……入ってこないでってば…」
そういって秋は喉が異常に痛むことに気づき、ゴホゴホと咳き込んだ。
そんな秋の背中をさすり、春は秋を抱き起こした。
「……うつる…」
そうか弱く秋が言うと、春が心配そうに眉を下げながら言った。
「……うつるならもううつってるよ」
そう言って秋をひょいと抱き抱え、そのまま寝室まで運んだ。
そうしてそっと秋を下ろしたあと、春は仕事帰りに買ったのか、冷えピタを秋の額に張った。
体温計を秋の脇に挟み、そっと秋の肩を優しく撫でながら、体温計が鳴るのを待った。
そうして体温計を覗き、春はきゅっと眉を顰めた。
「…ポカリ飲む?」
秋はそれにうん、と弱々しく頷いたあと、何度?と尋ねた。
「…39.5℃」
そう静かに言った後、春は秋が飲みやすいようにか、ペットボトルにストローを差し込み、寝ている秋の口元にストローを差し出した。
秋はそれをそっと咥え、ゆっくりと飲み込んで顔を顰めた。
「…いたい…」
春はまた心配そうな顔をして、でも飲まないと、とゆっくり何度にも分けて秋に飲ませた。
春はその後買ってきていたお粥のパウチを温め、秋はそれを時間をかけて食べた。
その後病院でもらった解熱剤を飲み、秋は再びベッドに入った。
夜中、寒気に耐えられず、秋は目を覚ました。
隣には春が眠っている。
かけていた布団を引き上げるようにして被ろうとした時、ふと布団の中で春の身体に手の甲が触れた。
そうして思わず春、春と春を揺り起こす。
高熱である自分よりも遥かに春の身体が熱いことに気づいたからだ。
春はすぐに目を開け、秋を潤んだ瞳で見つめた。
「熱ある、絶対、春」
そう言うとうん…と弱々しく春が返事をする。
すぐに秋が枕元に置いていた体温計を春にさしこんだ。
体温計が鳴るより早く、秋は深夜にも関わらず春のマネージャーの松永に電話を入れる。
すると松永はすぐに出て、秋が話し始めるより早くに言った。
「春、熱出た?」
秋はそれにはい、と焦った様子で返事をする。
そしてごめんなさい、移した…移しちゃいました…と消え入りそうな声で言うと、松永が言った。
「いや、グループから2人、陽性者出たのよ 春で3人目」
そうして松永はその対応に追われているのか、ごめん掛け直す、と言い、すぐに秋からの電話を切った。
秋は電話中に鳴っていた体温計を覗く。
すると体温計は41℃を示していた。
秋はふらつく身体で立ち上がり、冷蔵庫から冷えピタを何枚も持ち出した。
そうして春の至る所にそれを貼り付けた。
そうしてダメだとは分かっていながらも、自分に処方された解熱剤を春に無理やり飲ませた。
自分の額からすでにぬるくなった冷えピタを剥がし、新しいものを貼り付け、再び立ち上がろうとした時、春が秋、と小さな声で呼んだ。
「何?どうした?」
「…秋も熱あるんだから…寝て…」
でも…と言った秋の手を春は熱を帯びた手で優しく掴んだ。
秋は分かった、と弱々しく呟き、春の隣に横になった。
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