175 / 236

第22話-4 災いの中のひととき

しばらく寝付けずにいると、突然玄関のインターホンが鳴った。 秋が徐に立ち上がり玄関に向かおうとした時、リビングにマスクをした松永が入ってきた。 いつものスーツ姿ではなく、ラフな私服だった。 化粧もしていない様子で、家から慌ててやってきたのが分かった。 秋は口を抑え、移りますよ…と言うが、松永は顔の前で手をひらひらとさせ、私もどう考えても陽性だろうから、と淡々と言った。 そうして春の状況は?と秋に尋ね、秋から説明を受けると、病院に連絡するわ、と言ってリビングを出た。 そうしてしばらくしてリビングに戻ってきた松永は、春に「病院行こう、入院になるから」と言った。 秋はそれにえっ、と声をあげた。 「春は無汗症だから…基礎疾患ありで入院になる」 それに秋はああ…と頷いた。 「今瀬くんは?大丈夫?」 「ああ…俺は、全然…それより…春…」 「春は大丈夫よ、病院行くんだから」 そう言っても心配そうな顔をする秋の背中を優しく叩き、何かあったら迷わず連絡して、と言い、松永は春を連れて家を出て行った。 ―― 翌日、まだ熱のある身体を引き摺りリビングへ行き、何か食べないと、と春が昨日買ってきてくれていたうどんをレンジで温めながらテレビをつけると、ニュースでは芸能人の感染者報道がなされていた。 そこには秋の名前も上がり、秋の発熱から陽性確認までの昨日の様子を事細かにアナウンサーが話していた。 そうして同じく春と、春と同じグループのメンバー二人もコロナ感染者として名前が上がった。 特に春は入院したことについても触れられ、これまで公表されていなかった春の持病である突発性後天性全身性無汗症についても詳しく報道されていた。 発汗不良で体温調節が難しく、コロナの発熱で熱中症のような症状になる危険性が高いこと、2019年にコンサートで倒れたのもそれが原因であったことなどが話されていた。 秋は携帯を開いてSNSで春の名前で検索した。 すると皆が驚き不安の声をあげ、春の安否を心配し、無事を祈っていた。 無汗症、というワードがトレンドに入るほど春の感染ニュースは注目を浴びた。 そうして多くの人間がそれに過激に反応している様は、秋の不安を強く駆り立てた。 春に大丈夫?とメッセージを打ち込み、しかしすぐに取り消した。 大丈夫でなくとも、春なら大丈夫だと答えてしまうだろう。 秋はまだ自分が熱があることを知っていながらも、" もう熱下がったよ 春はどう? ゆっくり治してね 家で待ってるね " と打ち込み、送信した。

ともだちにシェアしよう!