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第22話-5 災いの中のひととき

しかしそれから5日経っても春からは返事が来ず、秋は日々増して不安な気持ちになっていた。 もしかしたら最悪の事態が起きてるんじゃないか。 テレビの報道を思い出す。 高熱状態が何日も続くと意識障害などを起こす危険性がある、とアナウンサーは言っていた。 このところ春はろくにご飯も食べられないほど疲れ、忙しくしていた。 免疫力だって下がってしまっているはずだ。 松永に連絡を入れると、" 病院にはコロナのせいで見舞い今行けなくて顔を見れてない 先生の話だとまだ熱は完全に下がってないらしい "と返事が来た。 秋はため息をついた。 翌日、すっかり熱の下がった秋は部屋中の扉を開け、換気をしながら掃除をした。 溜まった洗濯や掃除をこなし、もし春が帰ってきた時に何かすぐに出せるように、とゼリーやヨーグルト、それらの食べやすいものをネットで買い込んだ。 まだ秋も外出が許されていない。 一人部屋でそわそわとした。 また秋は意味もなくSNSを開いて春の名前を検索した。 春の安否を心配する声が大多数の中、ちらほらと春を誹謗中傷するような投稿が目に入った。 " コロナ禍で遊び回ってたんだろ " " 病床足りない中で金で解決して入院か?壱川のせいで死人が出る 人殺しみたいなもんだな " 秋は思わずそれに目を丸くした。 「…なにこれ?…そんなわけ…ないでしょ…?」 秋は顔を歪め、唇を噛んだ。 誰も春の弱いところを見たことがないからこんなふうに言えるのだ。 春は遊びまわるどころか、この何年も1日の休みすらない。 朝から晩まで仕事に明け暮れ、疲れていてもそれを見せず、カメラの前では常に笑顔を振り撒き、完璧な姿しか人に見せない。 あんなふうに力無く横たわり、汗もかけずただ高熱にうなされ苦しむ春の姿を思い出し、秋はその投稿に怒りと悲しみが満ち溢れた。 すると、突然携帯が鳴った。 名前を見てすぐに電話に出る。 「春!?」 「うん」 「大丈夫?!あ、あ…違う、熱、熱下がったの?」 「うん、下がったよ」 「本当に?!今何度?」 「さっき測った時37度くらいだったよ」 秋は声を聞いて少し安心し、はぁ…と息を吐いた。 「ご飯食べれてる?」 「うん、秋も食べてる?」 「食べてる食べてる、もう俺なんともなくて さっき牛丼頼んで食べちゃった」 「そっか、良かった」 ふわりと優しいその声に、秋は春の優しい笑顔を思い出す。 途端、ぎゅっと胸が締め付けられ、春に会いたい、と秋は思った。 「…いつ帰って来れそう?」 「あと2日くらいかな また熱が上がらなかったら、帰れる」 「…そっか」 電話の先で、ふふ、と小さく春が笑った声がした。 「…なに?」 優しく秋が尋ねた。 すると春は少しだけ間を置いて、静かに言った。 「…声聞いたら、秋に会いたくなって」 秋は春のその言葉にまた胸が締め付けられて、うう…と唸るように小さく声を漏らした。 「…それ……俺が先に思ってたやつだから…取らないで」 「ふふふ」 「…早く帰ってきて 絶対熱上げないでね」 「ふふ、がんばるね」 「うん」 そうして名残惜しくも電話を切った。

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