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第23話-1 束の間の
2021年1月1日、深夜4時頃。
秋はまだテレビ局にいた。
大晦日11時過ぎから、正月元旦の朝5時ごろまで放送されている生放送音楽番組に、秋は出演していたのだ。
先ほど出番が終わったばかりだというのに、秋はそわそわと無意味に楽屋を出たり入ったりを繰り返していた。
マネージャーもそんな秋に不思議な目を向けている。
「もう帰りますか?」
マネージャーのそんな声掛けに、いやぁ…と秋はそれを渋ってみせる。
すると、ガヤガヤと人で慌ただしくなっていた廊下がさらに活気付くのが分かった。
「明けましておめでとうございまーす!」
元気な男性の声が廊下に響き、人々が一斉にそちらに目を向けた。
秋の鼓動が一気に高まった。
声をあげたのは、煌びやかな衣装に身を包み、深夜とは思えぬ眩しい光を放った渡邊悟 という男だった。
彼の後ろには、同じ衣装に身を包んだ4人の男性がついており、秋はその4人を思わず凝視する。
そして目当てのその人を見つけ、秋はごくりと唾を飲み込んだ。
「MELONYです〜、お願いします〜!」
そう渡邊悟は歩きながら人々に挨拶を繰り返し、秋の楽屋の横にある控え室に入っていく。
MELONYとは春がセンターを務めるアイドルグループだ。先ほどまで紅白歌合戦に出演し、放送後すぐに事務所のカウントダウンライブに出演、そうしてすぐにまたこの番組に出演するため、テレビ局にやってきたのだ。
続々と楽屋に入っていくメンバーを秋はじっと凝視し、そうしてふと視線を上げた春と目があった。
春はいつものような微笑みを浮かべたまま、しかしその表情を変えることなくすぐに秋から目を逸らし、楽屋に入っていった。
高鳴る鼓動を落ち着けるように、秋は若干震えながら息を吐いた。
秋がこうして音楽番組に呼ばれるようになって早1年半、春と秋が番組で共演する、というのは初めてのことだった。
秋の一つの目標であったそれが叶う、ということで、秋は随分と前から今日のことを考えてはドキドキと胸を躍らせていたのだ。
再び秋は楽屋に入り、隣の楽屋に耳を澄ます。
楽屋はパーテーションで仕切られただけのもので壁が薄く、声がよく聞こえてくる。
MELONYのメンバーらはこれから番組で披露する楽曲の確認を行なっているのか、淡々とメンバーらが話し合う声が聞こえてきた。
しかし聞こえてくるのは渡邊、その他ほかのメンバーらの声が中心で、春の声はほとんど聞こえてこない。
そうしてコンコン、と隣の楽屋の扉を叩く音が聞こえ、はーい、と声をあげ、彼らは出番のため、楽屋を出ていった。
秋はマネージャーに尋ねる。
「スタジオで…見てもいいんですかね?」
するとマネージャーはあー…と悩んだ様子を見せた後、邪魔にならないところならいいんじゃないですかね、と言った後、あれ、アイドルとか好きでしたっけ?と尋ねた。
「あ…あー、ま、まあ…」
そう歯切れの悪い返事をする秋をじっと見つめ、まあじゃあ行きますか?と秋を連れて楽屋を出た。
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