181 / 236
第23話-3 束の間の
「じゃあお疲れ、まったね〜」
「ん、お疲れ〜」
何人かの男性の声が聞こえる。
その集団はパラパラと別れて車に乗り込んでいった。
秋が隠れていた自販機からそおっと顔を出すと、自販機前に訪れた女性がわっ、と声をあげた。
「あんた何、びっくりしたわ…」
そう言って胸を撫で下ろすようにしたのは、春のマネージャーの松永だった。
コツコツと春が松永の後ろから近づいてきて、そっと微笑んだ。
「お疲れさま」
春はマスクをつけていたが、のぞいたいつもの春のその優しい目に、秋も安心してふにゃり、と微笑んだ。
松永は春に目を向け、約束でもしてたの?と尋ねた。
すると春ははい、と頷いた。
すると松永が少し顰めっ面をして、小さな声で言う。
「あんねぇ〜…誰も付き合ってるだなんて思わないだろうけど…」
しかしそこまで言って、はぁ、とため息をつき、尋ねた。
「何、どこか行くつもりだったの?」
すると秋がその質問に答えた。
「すぐそこの神社に…初詣に行きたくて…」
すると松永が乗ってきなさい、と秋に声をかける。
「えっ、いや歩いてすぐだし…」
すると松永がコツン、と秋の頭を小突いて言った。
「この辺週刊誌の記者だらけなんだから、ダメよ 今だって誰が見てるか分かんないんだから」
そう言って秋を死角に追い込むように自販機の影に押し込むようにした。
ちょっと待ってて、と松永は自販機で買ったコーヒーを片手にその場を去った。
春は自販機の前にスッと立ち、自販機を眺めている。
秋はそんな春に、自販機の横の窪みに埋まりながら小さな声で話しかける。
「……かっこいい〜…」
春は秋には視線を向けないが、その秋の言葉に反応して、少しだけ目尻を下げた。
秋はそんな春の反応を楽しむように、続けて言う。
「………ネックレス、つけてくれてる…!」
つい先日、秋の誕生日に秋がねだって春が買ってくれたお揃いのネックレス。
秋はテレビに出る時も四六時中つけているのだが、春は仕事の時は着けずにいて、無くしちゃうと嫌だから、と普段つけているところを秋は見たことが無かった。
しかし春の胸元にはそのネックレスがつけてあり、秋はそれににんまりと笑みをこぼした。
「……つけてるの初めて見た…」
そう言って秋が照れて顔を覆い隠していると、春がポケットから財布を取り出し、ピ、と自販機のボタンを押した。
そしてカラカラと小銭を入れてすぐ、がこん、と飲み物が出てきた。
続けてすぐ、春はもう一度小銭を入れ、同じようにボタンを押した。
春がそっとしゃがみ込んで、取り出し口から2本続けてペットボトルを取り出した。
そしてそれをそっと秋に手渡した。
秋はそれを驚いたような顔で受け取り、ペッドボトルからじんわりと伝わる温かさに思わず目を細めた。
キキ、と松永の運転する車がすぐ目の前に止まり、春がやっと秋を見た。
秋はその視線にパチパチ、と瞬きをして、すぐに振り返り車に乗り込んだ春に続いて恐る恐る車に乗り込んだ。
「くれぐれも手繋いだりとかしないでよ」
あとちゃんとマスクして、と言った松永を車内に残し、二人は誰もいない神社に足を踏み入れた。
ともだちにシェアしよう!

