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第23話-4 束の間の

例年ならこの時間、初詣で人がごった返しているその神社も、今年はコロナ禍ということもありガラガラで、人は見回す限り一人もいない。 二人はそれでもほとんど話さず、少しだけ距離を空けて境内を歩いた。 カランカラン、と秋が鈴を鳴らし、手を合わせた。 隣で春もそっと手を合わせる。 しばらくして秋が顔を上げると、春はすでにお祈りを終えて腕を下ろして秋に目線を向けていた。 やっと秋が口を開いた。 「…え、長かった…?」 すると春はふふ、と微笑み、ううん、とそっと首を横に振った。 そうして二人はくるりと振り返り、また出口に向かって歩き出す。 しかし秋は帰ってしまうのが名残惜しく、じりじりと足を引き摺って歩く。 春はそんな秋に気づいたのか、そういえば、と声をあげた。 「…あっちにも拝殿があったと思うけど…行く?」 秋はその春の言葉にぶんぶんと嬉しそうに首を縦に振った。 二人は踵を返し、再び神社の奥へ歩を進めた。 先ほどよりも狭い道幅に、自然と身が寄り添う。 秋が言う。 「……春の香水の匂いする」 春はそれにそっと微笑み、ちら、と秋を見て言う。 「…秋もつけたでしょ」 「…え、バレてた…?」 秋は家を出る前、こっそり春の香水をつけたのだ。 春がアイドルの仕事をするときにつける、バニラの甘い香水。 「…1日中春の匂いして、ドキドキしちゃった」 そう言った秋には返事をせず、春は財布から小銭を取り出して優しく賽銭箱に投げ入れ、カラン、と鈴を鳴らして手を合わせた。秋もそれに続く。 また春より遅れて秋が目を開ける。 恥ずかしそうに秋が目を伏せると、行こっか、と優しく春が微笑んで歩き出した。 それに遅れて秋がついていく。 すると、ふと、春が来た道ではない、拝殿のすぐ横の、細い分かれ道に進んだ。 え、と秋は小さく声をあげ、立ち止まる。 「…そっちじゃないよ?」 そう言っても春は構わず進み、秋はとたた、と急いで駆け寄った。 すると、ピタッと春が足を止めて突然振り返った。 おっ、と秋は春にぶつかりそうになってよろめいた。 すると、春はそんな秋の手を咄嗟に掴み、引き寄せた。 鼻と鼻とがぶつかりそうなほどの距離に、春の顔がある。 秋が驚いて目を丸くしていると、じゃり、と足元から小石が擦れる音が鳴った。 そして春がふっと自分のマスクをずらし、秋のマスクも同じようにずらした。 そうしてそっと一瞬だけ、二人の唇が触れた。 「……間違えちゃった、道」 そういった春の息が、秋の頬に触れた。 秋は驚いて、素っ頓狂な声をあげた。 「…はぇっ…?」 「行こう」 そう言って春は秋の手を少しだけ引いた後、すぐにその手を離した。 そうして拝殿の横を抜け、少し開けた道に出て振り返って、マスクを付け直し、ふっと優しく微笑んだ。 秋は顔を真っ赤にして、ええええ…!と叫びながら春の元に駆け寄っていった。 「こっちだったね」 春はそんな秋に構わず、秋の隣を歩く春はしらっとそう言った。 秋はまだ顔を赤くしたまま、うぁぁ…と声にならない声をあげながらマスクを深く上げて顔を覆い隠し、春の隣を歩いた。

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