183 / 236
第23話-5 束の間の
待ち構えていた松永の車に乗り込み、松永にバレないように秋は俯く。
春はなんともないように窓の外を眺めている。
秋は座面に置かれた春の手を、そっと指でなぞるように触れた。
すると春は変わらず窓の外に顔を向けながら、秋のその手をきゅっと掴んだ。
秋はマスクの下でたまらず頬を緩ませた。
そして春と同じようにそばの窓にもたれ掛かり、窓の外を眺めるようにした。
春の手の温もりが伝わってくる。
「こんなご時世だしほとんどどこも行けないだろうけど…くれぐれも気をつけてよ」
松永は二人の繋がれた手には気付かず、そう言った。
春は今日から明後日まで、2日間の正月休みを貰っていた。
春にとって、何年かぶりの連休だ。
そもそも丸一日オフ、ということすらもう何年も無かったらしく、秋はどこか旅行でも行こうよ!なんて誘ったものだが、世間はコロナ真っ只中で外出を控えるように、というムードもあり、その計画も頓挫していた。
それで、少しでもデートがしたい、という秋の要望を叶える目的で、二人は番組終わりに神社へ出向いたのだ。
「まあ二人でゆっくり過ごしなさいよ、今瀬くんも疲れてるだろうし」
そうして少し手前で秋を降ろし、少し車を走らせて秋とは別のところで春が車を降りた。
松永がこうした警戒をするようになったのは、秋に原因があった。
秋が世間に広く知られるようになり、秋が各所で楽曲の制作の話――恋人のことを思って曲を作っている、というエピソードを披露すると、それらは一々注目を浴びた。
"今瀬秋の恋人は誰?"
あらゆる芸能人が秋の恋人なのでは?と噂され、嘘の交際報道が飛び交うなど、秋は今や話題の人となっていた。
高校の同級生がリストアップされ、そのリストに上がった女優やモデルと秋がたまたまSNSで同じ絵文字を使った、というだけで「今瀬くんと付き合ってるんですか?」と相手のSNSのコメント欄は埋まるほどだ。
男性同士であることから春と秋が噂されることなどは一切なかったが、それでも同じ家に住んでいることなどは週刊誌の記者などはとうに知っているだろう。
松永は念には念を、と春と秋に口酸っぱく二人での外出を控えなさい、と注意するようになっていた。
ともだちにシェアしよう!

