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第24話-1 好きなところ
深夜に帰宅し玄関の扉を開くと、リビングの明かりが廊下に漏れていた。
春がドアを開けるとすぐ、秋がリビングからひょっこりと顔を出し、駆け寄ってくる。
「おかえり!」
そうして満面の笑みでにーっと笑った後、秋は春に抱きついた。
ふわっと香るシャンプーの匂いと、秋の体温を感じるような優しいやわらかい匂い。
すーっと静かにそれを吸い込み、春はただいま、と小さく呟く。
一緒に暮らし始めて約2年、秋は変わらず毎晩こうして迎えてくれる。
そうしてリビングに移ると、何か食べる?と、秋はいつも尋ねてくる。
朝家を出る時に今日はご飯大丈夫だよ、と伝えても、秋は春が夜家に帰ってくると必ずそう聞いた。
そうして食べようかな、と春が言うと、嬉しそうにちょっと待ってて、と用意してあったご飯を温めてくれる。
暮らし始めた当初よりも秋の料理は手の込んだものが多くなった。
小さな小鉢をいくつか用意し、なんとか工夫して春になるべく野菜を食べさせようとしていた。
春が苦手なピーマンなど苦味の強い食べ物は小さく刻んで気付かれないように仕込ませていたりして、秋は春がそれを口に運ぶのをじーっと見て、いつも満足げに微笑んだ。
そうして春が食べるのを秋は嬉しそうに眺めながら、その日あったことを話してくれる。
あれやこれやと表情をころころと変えて楽しそうに話す秋の話を聞くこの時間が、春はとても好きだった。
春がシャワーを浴びていると、かなりの高確率で秋は洗面所にふらっと現れ、じっと何か伺っているように息を顰めていた。
浴室のドアからはそんな秋の影がしっかりと見えて、春はその度にどうしたんだろう?と思うのだが、しばらくするとスッといなくなる。
部屋に戻っても秋は素知らぬ顔をしていて、きっとバレていないと思っているんだろう、と春は思う。
少し前、一人でするの?と尋ねられた時、春がシャワーで、と誤魔化すように言ってから、秋はそうして時折洗面所に現れるようになった。
きっとそれを見たいのだろう、と春は勘繰るが、秋と暮らし始めてからほとんどしてないんだけどなあ、と春は思う。
それでもそうして気にしてやって来る秋が可愛く思えて、春はそのネタバラシをせず、時折現れる秋の影を見ながらシャワーを浴びるのだった。
浴室には春と秋それぞれのシャンプーが並んでいて、春は長年専属でついてくれているヘアメイクさんおすすめの保湿力の高い甘い柑橘の香りのもの、秋はシトラスの香りがするさっぱりとしたドラッグストアのものを使っていた。
残りが少なくなると、春がそれに気付く前に秋はちゃんと入れ替えてくれて、そうして秋がシャンプーの入れ替えをした日だけ、秋の髪からは春のシャンプーの香りがした。それに気付いた春がくん、と秋の髪の香りを嗅ぐと、ハッとして秋はバレた?!と焦って聞き返す。
入れ替えてる時春の匂いがしてさ…つい、と白状する秋に、春は笑っていつでも使っていいよ、と言うのだが、いやいや…と秋はいつも飼い主に怒られた犬のようにしょんぼりと反省する様子を見せる。
しかし日が経ち入れ替えの日が来ると、また秋は上機嫌に春のシャンプーの香りを漂わせているのだった。
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