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第24話-6 好きなところ
最初の男性は構わず話し続ける。
「今瀬さんの恋人って……壱川春さんですよね?」
秋の胸がドクドクと激しく音を立てる。
「…ち…ちが……」
「え?違う?でも一緒のマンション住んでますよね?」
「そ…それは…たまたま…」
「たまたま?でも今瀬さんがあのマンションに住み始めたのって2019年の4月ごろですよね?そのとき今瀬さんって全く売れてなかったですよね」
あんなとこ住めるかなあ〜?と意地悪そうに男性は笑って言う。
「一緒に住んでるんじゃないんですか?」
「…いや……カメラ…やめてください…」
「ええ?なんで?普通にやましいことないなら答えたら良いじゃないですか」
「……や…ましいって……何も…ないですよ」
「え〜?」
そう言って男性は秋の手に握られた写真を強引に奪い取り、一枚の写真を突きつけた。
それは春と秋が神社で隠れてキスをした時の写真だった。
ぼんやりと遠くから撮影されたもので、秋の背後からそれは撮影されていた。
「こんなことしてるのに?」
秋は咄嗟に言う。
「これは……別に…ただ…話してただけで」
「わざわざ人目のつかないような木陰に入ってマスク外して?」
「……いけないんですか」
「いけないってわけじゃないですけど、これ、キスしてるように見えますけど」
「……してません」
「へえ?」
「……あの…俺も…その人も……男ですよ」
「そうですねぇ でも今瀬さん、昔自分のライブで言ってませんでしたっけ?男を好きになったって」
「……え?」
そう言って男性はおもむろに携帯を取り出し、動画を流し出した。
それは、秋が高校三年の時に開いたワンマンライブの様子だった。
MCで秋が春への想いを話し出した場面。
" 好きな人がいる"
" でも相手は俺の気持ちを勘違いだ、これ以上踏み込んでも幸せになれないと言う "
" 周りとは違うかもしれないけど、俺はこの気持ちを信じたい 相手にもそれを伝えたい"
秋は必死に動揺を隠し、震えを抑えて言う。
「……別に…男が好きとは言ってません」
すると男性はくすくすと笑い、そうですかぁ、と言い、続けて次の写真を秋に突きつける。
「でもすっごい仲良しですよねぇ?」
「ほら、これお揃いなんでしょ?」
そう言って春と秋の首元についたネックレスを指差す。
そうして続けて秋の19歳の誕生日に訪れた焼肉屋の店先に入る時の二人の写真を見せる。
「ほらこれも、スーツまでお揃い こんなのただのお友達とするかなぁ?」
「………たまたまです」
「あははははは、たまたま?
わざわざオーダーしに行ってたみたいですけど」
秋はゾッとした。
この人はずっと見ていたんだ。
少なくとも高三のワンマンから今までずっと。
男性は言った。
「ネットに上げる前にご挨拶を、と思って」
明日が楽しみですねぇ、と、男性は名刺を取り出し、秋に手渡した。
「じゃあじゃあ、最後の穏やかな夜をお過ごしくださいね〜」
そう言って男性二人はそそくさと車に乗り込み、去って行った。
秋は震える手で携帯を取り出す。
春に言わないと。
けれど、秋にはそれがどうしても出来なかった。
秋とのことが世間に知れたら、きっと1番傷付くのは春だ。
同姓が好きなことに強いコンプレックスを抱き、春は誰とも極力深く関わることもなく、それをずっと誰にも話してこなかったのだ。
何度も何度も秋の気持ちを拒んで、付き合ってからも何度も春が不安に思う様子を秋は見てきた。
きっと誰にも知られたくないだろう。
――俺のせいだ。
俺が人前でペラペラ喋るから。
外でデートしたいって言い出したのも俺だ。
お揃いがしたいってねだったのも俺だ。
一緒に住みたいって言ったのも…全部…全部
全部、俺のせいだ。
秋は震える息を大きく吐き出し、その場に座り込んだ。
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