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第25話-5 炎上
そうして松永の運転する車で三人は春の宿泊するホテルへ向かい、春を部屋まで送り届けたあと、霧峰はここに向かって、と、秋が所属する音楽事務所の住所を指定した。
松永は一瞬驚いた顔をするが、すぐに表情を戻し、はい、と短く返事をして、車を走らせた。
「あれよね、春が倒れた時、病室に来てた子よね?」
霧峰のその問いに、松永ははい、と答えた。
「見る目あるわよね」
「え?」
「いや、もうちょっと若い時に出会ってたら引き抜いてたなと思って」
「あ、ああ…今瀬くんですか?」
「そうそう さすが春ね」
その言葉に松永は思わず笑ってしまう。
「何よ」
「いや…」
「何、親バカとでも言いたいの?」
まさにその通りだったが、松永はいやいや、と答えた。
すると霧峰は笑って言った。
「あなたも大概よ これくらいのことならさせてやりたいって…色々と見過ごしてたんでしょう?」
松永は黙ったまま、困ったように笑った。
「あなたのことをちゃんと信頼してるのね」
「え?」
「あなたには話したんでしょう? さすが松永ね」
「………やっぱり、親バカですね」
「何、あなた…私にそんな口聞くようになったの?」
その言葉に松永は吹き出し、霧峰も同じように笑った。
――
ガチャ、と扉を開けると、秋の事務所の社長、秋のマネージャー、秋の三人が部屋の中央、ソファーに向かい合って腰掛けていた。
秋は松永と霧峰の姿を見て、驚いた顔をして立ち上がった。
秋はすぐに顔を歪め、頭を下げ、本当にすみません、と言った。
霧峰はそんな秋に厳しい口調で言った。
「本当よ、うちの大事な商品によく手出してくれたわね」
そう言ってすぐ、ふっと吹き出して、嘘よ、と言った。
呆気に取られる秋をよそに、霧峰は秋の事務所の社長、桐生典明 に久しぶりね、と声をかけた。
桐生はすっと立ち上がり、相変わらず綺麗だねぇ、と親しげに言った。
「はいはい、いいからそういうのは」
「あはは、相変わらず冷たいところも変わってないなあ」
そうした軽口を交わし、霧峰はすっと桐生の隣に腰掛けた。
そうして立ちすくんでいる秋にまあ座りなさいよ、と声をかけ、秋は恐る恐ると言った様子で霧峰の向かい、ソファに腰掛けた。
「いい歌書くよね」
霧峰のその一言に、秋はえっ、と素っ頓狂な声をあげた。
桐生は嬉しそうに、そうでしょう、と声を上げる。
すると秋のマネージャー、藤堂雅彦 は顔を顰めて言った。
「でも売れないからって一回契約切ってるんですよ、酷いでしょう」
すると霧峰は顔を顰め、言った。
「あら酷い、人材育成がなんたるかを全く分かってないわね こんな人の下であなた大丈夫?うち来る?」
「ちょっとちょっと〜…大胆な引き抜きやめてもらっていい?」
そうして藤堂にも目をやり、あなたも何かあったら連絡なさいよ、と霧峰は言った。
桐生はケラケラと笑い、相変わらずだなあ、と霧峰の肩を小突いた。
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