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第26話-1 選んで

翌朝、秋が仕事に向かうためマンションを出るや否や、待ち構えていた何十人もの記者が一斉に動いた。 カメラのフラッシュが無数に焚かれ、マイクが秋の顔に突き出される。 「壱川春さんと交際しているというのは本当ですか?」 「今瀬さん、騒動について一言ください!」 矢継ぎ早に浴びせられる声。 押し寄せる人波。 秋は肩をぶつけられながらも必死に人の壁を抜け、どうにかマネージャー藤堂の迎えの車に滑り込んだ。 ドアが閉まった瞬間、喧騒が遠ざかり、車内に重たい静けさが落ちる。 藤堂はハンドルを握りながら、ニヒルな笑みを浮かべて飄々と言った。 「朝からご苦労なことですよね〜」 秋はそれにはぁ、と気の抜けた返事をして、深く座席に背を預け、大きくため息をついた。 ポケットから携帯を取り出すと、画面は無数の通知で埋め尽くされていた。 SNSを開くと、トレンドは春と自分の名前で埋め尽くされている。 昨夜よりもさらに過激な論争が渦巻き、コメントは怒号のように流れていた。 見知らぬアカウントからDMが何千件と届き、秋が前日昼に呟いた何気ないポストには、これまで見たことのないほどのコメントがついていた。 そのほとんどが春との関係を問いただすもので、 「裏切られた」 「キモイ」 「嘘だよね?」 「ガッカリした」 「嘘つき」 といった言葉が並んでいる。 ――裏切り?嘘?自分は何を裏切ったというのだろう。 取り合わないように、と頭では分かっていても、胸の奥がざわざわと掻き乱されていく。 「街中で手を繋いで歩いているのを見た」 「高校の同級生だけど、校内でキスしてた」 そんな根拠のない嘘が大量に書き込まれ、それがさも事実のように広がっている。 思わず「壱川春」と検索欄に打ち込む。 一瞬で数え切れないほどのポストが溢れ、秋以上に春が誹謗中傷に晒されている現実を突きつけられる。 罵倒の文字列が視界に焼きつき、秋は顔を顰めた。 するとその表情をミラー越しに見たのか、藤堂が淡々と声をかける。 「あんま見ない方がいいですよ、それゴミ溜めなんで」 秋は静かに頷き、震える指でSNSの画面を閉じた。 窓の外を流れていく景色が、やけに遠く、霞んで見えた。

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