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第26話-3 選んで
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騒動から一か月が経った。
春と秋のネットでの騒動は、両者の事務所の圧力――主に春の事務所社長・霧峰の圧力によって、テレビなどで報道されることは一切なかった。
しかしSNSでは春と秋の話題が止むことはなく、毎日のように噂が飛び交い、日々盛り上がりを見せていた。
記事に書いてあった秋の高校三年生の時のワンマンライブ映像は、いつの間にかネットで拡散されていた。
特に春への思いを吐露しているMC部分、そしてその後披露した春に捧げるように歌った「恋だ」の一節は短く切り取られてアップロードされ、様々なSNSで大きな話題と憶測を呼んでいた。
その結果、秋の楽曲配信ページでは、ブレイクのきっかけとなった大ヒット曲「花束」を抑え、いつの間にか「恋だ」がランキング1位に躍り出ていた。
秋の事務所社長・桐生はそこに目をつけ、この週末に秋が出演予定の生放送音楽番組での披露曲を、秋への相談もなく急遽「恋だ」に差し替えた。
その知らせを聞き、秋はすぐに桐生へ抗議の電話を入れる。
春が喜ぶとは思えなかったからだ。
このタイミングで「恋だ」を披露すれば、また春と秋の報道をより強く視聴者に植え付けてしまう。
きっと春はそれを望まない。そう思った。
だが桐生は取り合わず、電話口で笑った。
「もう告知しちゃってるからねぇ」「今瀬秋としてはチャンスなんだよ」
そうして最後には、「君はうちの事務所に所属してるわけなんだから、事務所の意向を呑めないなら辞めてもらうしかない」と凄みを利かせ、秋は渋々電話を切るしかなかった。
事務所に所属すること自体に強いこだわりはなかった。
それでも桐生にそう言われた時、真っ先に思い浮かんだのは母・美代子の顔だった。
騒動直後、美代子は何度も秋に連絡をくれていた。
秋は「忙しいからまた連絡する」とだけ返したものの、それからの電話には応じられず、ただ拒否を続けていた。
「孫の顔が見たい」
美代子はそう口にしていた。
春と、男と付き合っている――そう言えば、美代子はどう思うのだろう。
音楽をやり続ける秋に、ときには小言をこぼしながらも、ずっと応援してくれていた母。
事務所を実質クビになった時には心配して呼び戻してくれ、再び事務所に所属が決まった時にはひどく喜び、「頑張りなさい」と背中を押してくれた。
秋の成功を、何より願ってのことだろう。
そんな母を思えば、「辞める」という選択を簡単に口にすることなど到底できなかった。
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