203 / 236
第26話-5 選んで
――
――
「元気?…ではなさそうだね」
玄関先で松山はそう秋に声をかけた。
秋は思わず曖昧に笑ったが、その目の下には濃い影が落ちていた。
秋は松山に呼び出され、「恋だ」を披露する生放送音楽番組の前日、松山の自宅に訪れていた。
「春まだ帰ってきてないんだ?」
「…うん」
リビングのソファに項垂れるように腰掛け、秋は力なくそう返事した。
松山は記者が突然秋に声をかけてきたあの日から、頻繁に連絡をくれていた。
秋も逐一現状を送っていたので、松山は春がホテル暮らしを続けていることを知っていた。
松山は秋のすぐそば、ソファ横に置かれた大型のビーズクッションに寝転び、軽い調子で話しかける。
「電話とかは?してんじゃないの?」
「いや……してない」
「え?連絡は?」
「連絡は…してるっちゃしてるけど…」
そう言って秋はスマホを取り出し、春とのトーク画面を見せた。
スクロールしても「おやすみ」としか送りあっていないやり取りに、松山は思わず吹き出し、「おやすみbot?」と軽口を叩いた。
「はあああ……」
秋はまた項垂れて、大きくため息をついた。
「会いに行っちゃえばいいじゃん、ホテル」
「はぁ…?出来ないよそんなん…撮られたら終わりじゃん…」
「もう今更じゃない?」
「…そうかもしれないけど…また火種になるようなこと出来ないよ」
「電話は?なんでしないの?」
「…春が何時に仕事終わるかわかんないし…」
「聞けばいいじゃん」
「…けど……春が俺と話したいか分かんないし」
「話したいでしょ、好きなんだから」
「………好きなのかな」
「は?それ不安になるくらいのとこまで行ってるわけ?」
「……後悔してるかなって」
「何を?」
「…俺と…付き合ったこと」
松山は大きなため息をつき、わざと呆れたように言った。
「んなわけないでしょ」
「…なんで言い切れんの」
「秋は後悔してんの?色々言われて、春と付き合ったのやっぱりやめといたら良かったかなって」
「思ってないよ!思って…ないけど…春が色々言われて…やっぱやめといたら良かったって思ってるんなら…俺だって……」
その時、玄関から音がした。
秋が顔を上げると、松山は「まあ、本人に聞けば?」と顎で玄関の方を示した。
リビングの扉が開き、秋は目を丸くした。
そこには、松山の恋人である人気脚本家・向井聡、そして春がいた。
春も秋を見て驚いたのか、足を止めて固まっている。
「久しぶり、秋くん」
向井はにこやかにそう言い、春の背中を軽く押してリビングへと進む。
「ちょうどドラマの撮影でね、誘拐してきちゃったよ」
そう言って春を秋の隣に座らせると、自分は松山の寝転んでいたビーズクッションの横に腰を下ろした。
「スーツ、似合ってたねえ」
向井がそう言った瞬間、松山に腹をつねられ、「痛い痛い!」と声をあげる。
スーツとは、ネットの記事に載っていた春と秋の揃いのオーダーメイドスーツのことだった。それは秋の誕生日に松山と向井からプレゼントされたもの。
「それ今言わなくていいから」
松山はキッと向井を睨む。
向井は苦笑いを浮かべ、松山に連れられてリビングを後にした。
部屋に残されたのは、秋と春だけだった。
ともだちにシェアしよう!

