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第26話-5 選んで

―― ―― 「元気?…ではなさそうだね」 玄関先で松山はそう秋に声をかけた。 秋は思わず曖昧に笑ったが、その目の下には濃い影が落ちていた。 秋は松山に呼び出され、「恋だ」を披露する生放送音楽番組の前日、松山の自宅に訪れていた。 「春まだ帰ってきてないんだ?」 「…うん」 リビングのソファに項垂れるように腰掛け、秋は力なくそう返事した。 松山は記者が突然秋に声をかけてきたあの日から、頻繁に連絡をくれていた。 秋も逐一現状を送っていたので、松山は春がホテル暮らしを続けていることを知っていた。 松山は秋のすぐそば、ソファ横に置かれた大型のビーズクッションに寝転び、軽い調子で話しかける。 「電話とかは?してんじゃないの?」 「いや……してない」 「え?連絡は?」 「連絡は…してるっちゃしてるけど…」 そう言って秋はスマホを取り出し、春とのトーク画面を見せた。 スクロールしても「おやすみ」としか送りあっていないやり取りに、松山は思わず吹き出し、「おやすみbot?」と軽口を叩いた。 「はあああ……」 秋はまた項垂れて、大きくため息をついた。 「会いに行っちゃえばいいじゃん、ホテル」 「はぁ…?出来ないよそんなん…撮られたら終わりじゃん…」 「もう今更じゃない?」 「…そうかもしれないけど…また火種になるようなこと出来ないよ」 「電話は?なんでしないの?」 「…春が何時に仕事終わるかわかんないし…」 「聞けばいいじゃん」 「…けど……春が俺と話したいか分かんないし」 「話したいでしょ、好きなんだから」 「………好きなのかな」 「は?それ不安になるくらいのとこまで行ってるわけ?」 「……後悔してるかなって」 「何を?」 「…俺と…付き合ったこと」 松山は大きなため息をつき、わざと呆れたように言った。 「んなわけないでしょ」 「…なんで言い切れんの」 「秋は後悔してんの?色々言われて、春と付き合ったのやっぱりやめといたら良かったかなって」 「思ってないよ!思って…ないけど…春が色々言われて…やっぱやめといたら良かったって思ってるんなら…俺だって……」 その時、玄関から音がした。 秋が顔を上げると、松山は「まあ、本人に聞けば?」と顎で玄関の方を示した。 リビングの扉が開き、秋は目を丸くした。 そこには、松山の恋人である人気脚本家・向井聡、そして春がいた。 春も秋を見て驚いたのか、足を止めて固まっている。 「久しぶり、秋くん」 向井はにこやかにそう言い、春の背中を軽く押してリビングへと進む。 「ちょうどドラマの撮影でね、誘拐してきちゃったよ」 そう言って春を秋の隣に座らせると、自分は松山の寝転んでいたビーズクッションの横に腰を下ろした。 「スーツ、似合ってたねえ」 向井がそう言った瞬間、松山に腹をつねられ、「痛い痛い!」と声をあげる。 スーツとは、ネットの記事に載っていた春と秋の揃いのオーダーメイドスーツのことだった。それは秋の誕生日に松山と向井からプレゼントされたもの。 「それ今言わなくていいから」 松山はキッと向井を睨む。 向井は苦笑いを浮かべ、松山に連れられてリビングを後にした。 部屋に残されたのは、秋と春だけだった。

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