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第26話-7 選んで
――
風呂を終えた後、二人は松山のベッドに入った。
秋はそっと春の方に身体を向け、いつものように腕を伸ばして引き寄せようとしたが、その手を途中で止めた。
ためらいを飲み込むようにして、控えめに春の肩に額をすり寄せる。
春は何も言わず、ただそれを拒むこともしない。
その静けさがかえって胸を締めつけた。
――もう、こうして隣で眠るのも最後かもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、秋はじんわりと溢れる涙を必死に堪え、ぎゅっと目を閉じた。
やがて明け方、カーテンから差し込む光でふと目を覚ました。
いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
秋が視線を上げると、春は薄く目を開け、ただぼんやりと天井を見ていた。
「…眠れない?」
そう尋ねると、春は少しだけ秋に視線を向け、それからまた無言で目を逸らした。
秋は再び視線を落とし、短い沈黙の後、ゆっくりと話し出した。
「携帯のアプリでね、犬を育てるやつがあんの」
「ご飯あげたり、散歩したり…あとはお風呂入れたり…そういうお世話するとね、レベルが上がっていってさ」
「…春と離れてさ、春ご飯ちゃんと食べてるかな、とか…ちゃんと寝れてるかなって思うたびにね、そのアプリ開いてさ、お世話してたんだよね」
「1ヶ月とかなのにさ、レベル600とかになっちゃって」
秋は苦笑を洩らし、続ける。
「…春に電話しようって何回も…毎日ね、思ったんだけどね」
「春は…俺と話したくないかなぁ…とか…そんなことばっか考えちゃって…勇気出なくて」
「ワンちゃんに“しゅん”って名前つけてさあ、ふふ、バカみたいでしょ?」
自嘲気味の笑みを浮かべながら語るうちに、込み上げるものを抑えられなくなった。
じんわりと滲んだ涙を隠すように、秋は小さく息を吐き、そっと寝返りを打った。
すると、それを拒むように、春が秋を強く引き寄せ、抱きしめた。
その抱擁は乱暴ではなく、必死さが滲むほどに固くて、秋の胸の奥に直接届くようだった。
秋はその腕の中で顔を歪め、堪えていたものが一気に溢れ出す。
声にならない嗚咽が喉を震わせ、堰を切ったようにしゃくり上げてしまう。
春はそんな秋を抱きしめながら、胸に額を押し当てるようにして、苦しそうに言った。
「…一緒にいたい」
その言葉は途切れ途切れで、けれど決して嘘ではないことが伝わるほど真摯だった。
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