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第26話-8 選んで

秋は震える声に応えるように、さらに強く春を抱きしめ返した。 春の指先は秋の背を掴むたびにかすかに震え、必死に何かを繋ぎ止めようとしているのが伝わる。 その震えを押し殺すように、春は続けて吐き出した。 「…嫌な思いさせるかも 有る事無い事言われて…たくさん傷つけるかも いつか…秋に…他に好きな人ができた時 僕といたこと…後悔させるかも そういうのもう…全部…本当に…本当に嫌なんだ 秋には…秋には笑ってて欲しいのに……… でも…」 押し殺した息の隙間から、苦しみがこぼれていく。 それでも春は言葉を必死に紡いだ。 「……ずっともう…終わりにしないとって… 毎日…思ってたのに ……出来ない……どうしても… 顔見たら…声聞いたら…… どうしても好きだって思って… …本当に…出来ない」 秋に回した腕はわずかに力を失い、しかし離すことはなく、そのまま微かに震えていた。 春はそれでも、喉を詰まらせながら必死に言葉を吐き続ける。 「もう無理だって…秋が思ったらすぐ別れるから 離れるから…その時まででいいから …それまで…一緒に…いてくれない?」 秋は小さく「春」と名を呼ぶと、抱きしめていた腕をそっと解いた。 涙で滲む視界の中、春の顔をまっすぐ覗き込んだ。 秋は涙をにじませながら、春の顔をしっかりと見つめて言った。 「無理とか、そんなん思うわけないでしょ」 秋は震える春の頬にそっと手を添え、微笑みに近い表情で続ける。 「ずっといよう 一緒にいよう」 「ちょっとでも不安に思うなら、ちゃんと聞いて 俺、何回でも言うから 好きって 一緒にいたいって 何回でも、春が“もういいよ”って呆れるくらい言うから」 その声は涙でかすれているのに、揺らぎは一切なかった。 春の不安を打ち消すように、ただただ真っ直ぐに。 春はこらえきれず、頬を伝う涙を落とした。 秋はその一粒をそっと親指で拭い、そのまま顔を近づけ、そっと唇を重ねた。 互いの想いが堰を切るように、次第に深く求め合う口づけへと変わっていった。 春は息を乱しながら、秋に手を伸ばす。 けれど、その手はひどく震えていた。 秋はそれに気づき、震える手をそっと手で包み込み、春を再びぎゅっと抱きしめた。 抑えようとしても止められないのか、まだ微かに春の手は震えたままだ。 「……ごめん…」 春は小さな声で謝る。 秋はその声を遮るように、すぐさま抱き寄せた。 「大丈夫…大丈夫だよ」 春の震えごと受け止めるように腕に力を込めると、そのまま何度も、何度も、同じ言葉を繰り返した。 「好きだよ、春 好き ……好き」 言葉だけじゃ足りなくて、抱きしめる腕に力を込める。 震えごと、涙ごと、全部受け止めるように。 好きだと繰り返すたびに、秋の肩にぽとぽとと涙が落ちてくる。 春は秋の背を必死に掴んだ。 その力が愛しくて、秋は離すもんかと何度も何度も抱きしめ直す。 そうして春の震えがようやく収まるまで、好きだと秋は繰り返し続けた。

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