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第27話-1 それぞれの翌日
「…ん、今瀬くん」
呼びかけられていることに気づかず、突然耳に入ってきた自分を呼ぶ声に、秋はハッとして顔を上げた。
翌日、秋は生放送の音楽番組出演のため、テレビ局に来ていた。
「…大丈夫ですか?」
リハーサルを終えて控室に戻り、ぼーっと過ごしていた秋は、そんな不安げなマネージャー藤堂の問いかけに、咄嗟にぎこちなく笑顔を作って頷いた。
あの後、春と秋は眠ることはなく、ただじっと朝までそっと寄り添って過ごした。
しかし秋がそうしてぼーっとしてしまったのは眠気などが理由ではなく、やはり春のことを考えてしまっていたからだ。
――春は大丈夫だろうか。
そう思ってから、秋は昨夜のことを思い返した。
春が必死に伝えてくれた言葉。
"一緒にいたい"
秋にとって、それは何よりも嬉しい言葉だった。
秋だってそうだ。
春とこの先ずっと、一緒にいたい。
秋の望みは、春の望みと重なっていた。
それでも秋がそうして考え込んでしまうのは、明け方の春の涙を見たからだ。
想いを伝え合ってキスをした時、春の手は怯えているようにひどく震えていた。
苦しい――、
そう思っているのは、春の目を見れば良く分かった。
自分の存在が、春を苦しめている。
一緒にいたいとお互い願っているのに、
一緒にいると、春を苦しめてしまう。
秋の中で導き出したその事実が、秋の心に暗く影を落とした。
行き場のない想いを吐き出すように、秋は小さくため息をついた。
と、その時、
コンコンコン、と楽屋の扉が小さく鳴らされた。
はい、と藤堂が扉を開けると、そこには春の事務所の社長である霧峰志子 が立っていた。
思いもよらぬ突然の訪問に、秋は反射的に飛び跳ねるように立ち上がった。
その様を見て霧峰はふふ、と小さく笑い、ごめんね本番前に、と言い、秋が座っていた向かいの椅子にすとん、と腰を下ろした。
そうして、お使いを頼まれてくれる?と藤堂に万札を渡し、藤堂は霧峰に言われた通り、近くのコンビニへ行くために楽屋を出て行った。
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