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第27話-3 それぞれの翌日
霧峰はそれを黙ってじっと聞いていたが、秋の言葉が途絶えてしばらくして、変わらず優しい声で尋ねた。
「それだけ?」
「………え?」
霧峰の問いかけに、涙でぐしゃぐしゃの顔をあげた秋に、霧峰は続けて問いかけた。
「春と一緒にいた時間、
そういう苦しい思いだけだった?」
霧峰がそう尋ねてすぐ、秋は再び顔を歪ませ、今度は強く首を横に振った。
すると霧峰はふっと優しく微笑み、言った。
「楽しかったことを聞かせてよ」
そう言われ、秋はこぼれ落ちる涙を拭いながら、言った。
「そんなの…そんなの…っ…!
…俺は…春と一緒にいるとき…一緒にいるだけで…俺は…楽しくて…嬉しくて…幸せでたまらなくて…っ」
そうして嗚咽を漏らして吐き出す秋に、霧峰はハンカチを取り出し手渡した。
秋はそれを受け取り、涙を拭い、必死で息を整える。
霧峰はそんな秋を優しい顔で見つめながら、言った。
「春も、そうだと思うよ」
霧峰のその言葉に、秋はまた顔をくしゃりと歪ませた。それをみて霧峰はあはは、もうまた〜、と声をあげて小さく笑った。
そうして続けて言った。
「あの子は…世間が思うよりずっと、不器用」
でしょう?と霧峰はいたずらな顔をして秋に尋ねた。
秋はそれにコクリと頷いた。
その反応に霧峰はニコリと嬉しそうに笑い、続けて言った。
「春はお芝居が上手いでしょう?
どうしてか分かる?」
秋はその問いの答えを求めるように、霧峰を見つめた。
霧峰はまた少し微笑み、そして言った。
「あの子はね、人の痛みが分かるから」
そう言った後、いや、と霧峰は少し考えてから、続ける。
「分かるって言うか…そうね…
"どこが痛いのか、どうして痛いのか"
って…それを考えることができるのね
それは…あの子自身、痛みを知ってるからよ
だから…どんな役も演じることが出来るの」
そうして秋の目をじっと見据えて、言った。
「春は、あなたを信じてないわけじゃないのよ
あなたの痛みを想像して、勝手に痛がってるのよ
今瀬くんはこんなふうに痛いんだろうって想像して…
"こんな痛みからあなたを逃がしてあげないと"って…そう思ってね、だから必死になって…そういうふうに言ってたんだと思うよ」
「でもね、そうしてあなたを逃してあげようとしたら、春は…1人になる
あなたに出会って…"1人じゃないこと"を知ってしまったでしょう?
そうしたら今度は自分が痛いの、あなたといない自分を想像して、その痛みを感じてるの
きっとね、それが苦しいの
あなたといることが苦しいんじゃないのよ
春もどうしていいのか分からないのよ
でも…
それでも…
自分が痛いよりね、
あなたが痛いことの方がずっと嫌なの」
秋は言った。
「俺はどうしたら…どうしたらいいんですかね」
霧峰はそっと微笑んで言った。
「前に言ったでしょう?
あなたには歌がある
何にも…
痛くも痒くもないよって…
証明してあげてよ」
そう言って、霧峰はそろそろ時間ね、と時計をチラッと見て立ち上がった。
そうして、肩をすくめて言った。
「もう知ってると思うけどね
手がかかるのよ、春は」
霧峰のその言葉に、秋はやっと小さく微笑んだ。
そうして、はい、と小さく返事をした。
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