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第27話-5 それぞれの翌日
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その日は深夜からMELONYの新曲の振り入れがあり、メンバーたちはスタジオに集められた。
いつもなら軽い世間話などが飛び交うが、その日は違った。
皆、SNSで春の報道を目にし、どこか浮ついた様子で、しかし何も話す事はせず、そわそわとしていた。
集合時刻ちょうど、春は現れた。
MELONYのチーフマネージャーは春の登場を合図に、ちょっと集まって、とメンバーらをスタジオ端のテーブルに集めた。
そうしてチーフマネージャーが春に視線を向けると、春は静かに話し始めた。
「SNSで見たと思うんだけど、ネット記事が出てしまって、みんなに迷惑をかけてしまうことになって…本当に申し訳ないです」
春はいつもの顔を崩さず、いつもと同じ落ち着いたトーンでそう言い、メンバーに向かって頭を下げた。
メンバーらはそっと息を呑む。
春は少しだけ眉を顰め、話を続けた。
「記事は…大体が本当のことで…
…だから…僕は…恋愛対象が男の人で…でも…みんなのことをそんなふうに見たことはないし、これからもそんなことはないから…
気持ち悪い…と思うけど…
…できれば…一緒に…活動させてもらえたらって…こんなふうに迷惑かけておいて…傲慢だと思うんだけど…
…でも…」
そう春が言葉を選びながら途切れ途切れに話す途中、メンバーの1人である上条裕季が声を上げた。
「お前何言ってんの?」
すると春が口を紡ぎ、静かに俯いた。
メンバーの視線が春から上条へと移る。
上条は続けた。
「写真撮られたことは普通に浅はかだなって思うよ
春ってこんなバカだったんだともガッカリする」
その言葉にメンバーらも、ふっと視線を落とした。
でも、と上条は続けて言った。
「気持ち悪いとか思ってないから」
春は俯いたまま、しかしその言葉に何度も瞬きを繰り返した。
上条は大きく息を吸い込み、強い口調で言葉を放つ。
「これからも一緒に活動させて欲しいって…何?
たったこれだけのことで辞められると思ったの?
お前、MELONYのセンターだろ?」
そうしてしばらくの沈黙の後、グループのリーダーであるメンバーの日向悠斗がニッと笑って口を開いた。
「そうだよ
ごめんけど、俺ら春を手放す気とかさらさら無いよ?いてもらわないと困るよ」
そうして少しの沈黙の後、春はうん、と小さく頷き、再び"ごめんね"と謝罪の言葉を口にした。
すると、スタジオにズズッ、と鼻を啜る音が響いた。
「…お前何泣いてんだよ」
そう上条が小突いたのは、メンバーの崎山李人だ。崎山はズビズビと鼻を啜りながら、だってぇ〜…と弱々しく言葉を吐く。
「俺ぇ……春って……女優のさ…ほらあのドラマの…あの子と付き合ってるって思っててさぁ〜…」
思いもよらぬ言葉に、…は?とメンバーらが口々に反応する。
「いやあ…なんか……えっ付き合ってなかったの?って…びっくりしてぇ〜…」
その言葉にメンバーらも、そしてそばで見守っていた多数のスタッフも思わず息を漏らして笑い出した。
そしてその後、崎山は言った。
「でもさぁ、凄いいい人そうだよねぇ、今瀬くん…
…なんか……春と…
…すごいお似合いだねえ」
崎山のその言葉に反応して、ずっと俯いていた春が、やっと視線を上げた。
そしてその春の表情を見たメンバーらは驚いた顔を見せた。
春のその表情はいつもメンバーらに見せる"壱川春"としての表情ではなかった。
驚きが滲むような、どこか縋るような、そんな感情が見え隠れするような、素の21歳の青年らしい表情だった。
メンバーらは春が初めて見せるその表情に驚いた様子だったが、皆、ふっと笑みをこぼした。
どこか張り詰めていた空気が一変したのが分かった。
するとメンバーの渡邊悟がニヤリとして、春に尋ねた。
「どこが好きなの?」
春はその質問に躊躇いを見せ、再び俯いたが、ほらー、と渡邊から催促すると、何度か瞬きをした後、少し不安げに、でもとても穏やかに、確かめるように言った。
「…全部」
そんな春の言葉にメンバーらは目を丸くして間を置いた後、一同揃ってわーきゃーと騒ぎ出した。
そうして騒ぎ出したメンバーらを牽制するように、はいはい、じゃあそろそろやろうか、とチーフマネージャーが声をかけた。
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