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第28話-1 "言えなかったから"

霧峰が去ってから30分ほどして、玄関から音がした。 秋はその音にびくりと反応したが、すぐさま玄関へ向かう。 玄関口には1人、春が立っていた。 秋は徐に口を開く。 「あ…あ……えっと…あ、松永さんは?」 「…後で来る」 「あ、そう…なんだ  あ、えっと… …おかえり…?は違うかッ……ッ」 そう言葉を紡ぐ途中、秋は春に手を引かれ、強く抱きしめられた。 春の思わぬ行動に秋は驚き、しかし込み上げて来る大きな感情に抗うことが出来ず、思わず顔を顰めた。 春は秋を強く抱きしめながら、掠れた声で呟くように言った。 「……会いたかった」 その言葉にさらに泣きそうになった秋は、しかし明るく装って、冗談めかしたように言う。 「…昨日も…会ったよ?」 すると春は小さく首を振り、それから言った。 「……昨日…ちゃんと言えなかったから」 春は小さく掠れた声で続ける。 「…ずっと会いたかった  毎日…毎日思ってた  ずっと…思ってた」 「…うん」 鼻の奥がひどくツンとして、秋は春の肩に顔を埋めた。 春の匂いがする。 さらにそれは秋の涙腺を刺激し、そうして秋は春の背中に手を伸ばし、強く春を抱きしめ返した。 すると春もぎゅっと秋をさらに強く抱きしめた。 そうしてまた、小さく呟くように、けれど強く言った。 「…秋と…一緒にいたい」 「…昨日…言ってくれたよ?」 秋がまた明るく笑って、でも春にだけ聞こえるような小さな声でそう言うと、春は再び秋を強く抱きしめ、言った。 「秋も…そう…思ってくれるように… ずっと…そう思ってくれるように…頑張るから 誰にも何も言われないくらい…秋に相応しい人になるから 一緒にいること…後悔させない様に頑張るから 他の誰にも…渡したくない …秋と…これからも… …ずっと一緒にいたい」 春のその言葉に秋は思わず息を漏らし、声を漏らして堪えきれず涙をこぼしてしまう。 そしてまたこれ以上ないほどに強く春を抱きしめ、そうして絞り出すようにうん…うん…と何度も小さく頷いた。 そうして春がふわっと腕を緩め、秋の顔を覗き込んだ。 涙で濡れた秋の頬を、そっと優しく指で拭う。 「…泣かせてごめんね」 秋はぶんぶんと首を横に振り、言う。 「…違う…違うよ、これは…嬉しくて…泣いてるんだよ」 春は顔を歪め、しかししっかりと秋の目を見つめて、言った。 「秋…好きだよ」 そうして春は秋を優しく手繰り寄せ、そっとキスをした。 言って、って言ったわけじゃない。 して、って言ったわけじゃない。 全て、春が自ら、起こした行動だった。 秋はそれが堪らなく嬉しかった。 秋は春を強く引き寄せ、春のキスに応えるように春の首元に手を回し、そうして2人は強く求め合うように口付けを交わす。 時折唇が離れ、互いの吐息が部屋に響く。 しかしまたすぐに唇を重ね、そうして乱雑に春が靴を脱ぎ捨て、秋を廊下の壁に押しやる。 秋は春のコートに手をかけて剥ごうとするが上手くいかず、それを察した春は自らでコートを脱ぎ捨てた。 春の手が秋の手を掴み、そうして秋がキスの合間、その手をきゅっと握り、言った。 「…手ぇ…冷たい」 「…うん」 「…んっ…松永さん………来る…っ…よ」 「…うん」 そう言っても春は唇を秋の身体に沿わせ、秋の服のボタンに手をかける。しかしそれを途中でやめて、小さく息を吐いて秋の肩に顔を埋めた。 はだけたシャツから覗いた肌に、春の息がかかる。 秋は小さな声で、春に言った。 「…キスマークつけて」 そう言うと、春は少しの間を置いて、そっと秋の後ろ髪のかかった首筋に唇を這わせた。 以前、秋が同じようにねだって、キスマークをつけた場所だ。 しかし秋は違う、と小さな声で呟いた。 「……見えるとこがいい」 秋がそう言うと、春は動きを止め、しかし何も言わず、そおっとそのまま首筋に唇を沿わせ、秋の鎖骨の少し横を吸った。 ピリッとした小さな痛みが走る。 そうしてゆっくりと春の唇が離れると、秋は春の首筋、先ほど春が秋につけたのと同じところに唇を這わせた。 ダメだ、と分かっているのに、秋は同じところを緩く吸う。 ほんの少しだけ赤くなり、しかしこれではすぐに消えてしまうだろう、と、そう思いながらも唇を離すと、春が言った。 「…それじゃすぐ消えちゃうよ」 その言葉に、秋は春の顔を覗き込む。 「…いいの?」 秋がそう不安げに尋ねると、春は秋に額を寄せ、じっと目を見て言った。 「…つけて」 そんな春の熱のこもった視線に秋は息を飲み、しかしその衝動のまま、次は強く首筋を吸った。 先ほどとは違い、強く赤い跡がついた。 そっと唇を離し、また同じように春に額を合わせた。 秋が小さな声で尋ねる。 「…ドラマは?」 すると春は少しだけ微笑み、自分に呆れている、と言った様子で言った。 「……どうしようね」 秋もそれに釣られ、くすりと笑みを溢し、そして言った。 「…絆創膏貼る?」 すると春は目を閉じてふふ、と小さく笑い、バレるよ、と言った。 そうして2人はどちらからともなくキスを交わし、互いを強く抱きしめた。 ――

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