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第29話-3 好きだけじゃだめ?

「どうでもいいって、思ってないんじゃないですか」 「え?」 「お互い好きで一緒にいれたら良いって、そう思ってないじゃないんじゃないですか?」 「え…いや…それは…俺は本当に…それはそれで良くて…」 「でもファッションとかそういう類と一緒にされて持て囃されるの、違和感感じてるんですよね?」 「それは…そうです」 「で、それについて色々思ってるのに、壱川さんにはそれ、言えないんですよね?」 「…まあ…だって…その…そういうの知らないってか…見てないだろうし…知らないなら知らないままの方が良いって思うし…」 「で、1人でなんかなぁ〜って思ってるってことですよね?」 「……まあ…」 「もやもや、しますよね」 「…もやもやします」 「納得いってない、じゃないですか」 「…まあ、そう言われたらそう…ですけど…」 「壱川さんに相談できないこと、不満に思ってるんじゃないですか?」 「え?」 「"こうやって色々言われてて嫌だ"って、本当は1番一緒に分かり合いたい人とその話できないから、相談できないから」 「…いや…それは…そんなことは…」 「そういうふうに聞いてたら思いましたけどね」 それに、と伊丹は続ける。 「さっき言ってましたよね ご飯写真撮ってくれたことない、とか…そんな美味しそうに食べてくれたら嬉しいけどそういう人じゃないから、とか」 「…いや…それは…」 「小さい不満一つ生まれると、つられて色々不満って増えてくんですよ」 「…いや…不満とかじゃなくて…」 「それに、これも壱川さんが昨日食べるはずだったご飯なんですよね?仕事終わりにわざわざ疲れてるのに作ったご飯、食べてもらえなかったんでしょう?」 「いや…それは…春は忙しいとその…疲れてあんま食べれなくて…そういうの分かっててそれでも…」 「心配で食べて欲しくて作ってるんですよね?」 「…そう…ですけど」 「じゃあ食べてくれなかったら、その気持ち無碍にされたみたいで、悲しいですよ」 「…無碍ってそんな…そんなつもりないだろうし」 「そんなつもりなくても、です」 その時、ガチャ、と廊下のドアが突然開いた。 2人は揃って振り返る。 そこには仕事帰りの春がいた。 春は伊丹に目線を向け、お疲れ様です、と小さく微笑んで頭を下げた。 秋は驚いて立ち上がり、春に声をかける。 「あれ、早いね?!」 「あ…ごめん、連絡入れたんだけど…早く終わって」 その返事に、秋は携帯を自室に置いていたことに気付く。 伊丹と話していて、長く携帯を見れておらず、連絡に気づいていなかった。 伊丹は立ち上がり、いつものように快活に明るく春に事情を説明した。 そうしてすぐ食べて帰りますね!と再び席につき、かき込むように残りのご飯を食べ始めた。 秋は春も食べる?と慌てて尋ねるが、春はそれに小さく微笑んで大丈夫、と首を横に振った。 そして、シャワー浴びてくるね、と言い、部屋を去って行った。 再び部屋には伊丹と秋のみになる。 伊丹はあっという間に食べ終わり、皿をまとめてキッチンに運ぶ。 秋がいいですよ、と言っても、大丈夫と言って自ら皿を洗って片し始めた。 そうしてふと、皿を洗いながら伊丹が言った。 「壱川さんはバラエティとか、出る機会、あんまりないじゃないですか?」 「え?ま、まあ…」 春は個人では俳優として映画やドラマの出演がメインで、ソロでのアーティスト活動も音楽番組が基本だ。フリートークを中心としたバラエティ番組にはソロでは基本的に出演しない。 映画やドラマの主演を務めても、その作品の番宣としてバラエティ番組に出ることもほとんどしない。 そもそも、そういったことをしなくても、春が出ている、というだけでドラマの視聴率を狙えるほどのタレントパワーを春は持っている。 春が所属するアイドルグループMELONYとしてもバラエティ番組への出演は数少なく、他メンバーが基本バラエティを担当し、春がバラエティに出ることは実は極めて少ない。 そうしたプライベートのキャラクターが見えにくいところが春の世間で言われるような王子様、といったパブリックイメージを守り、"壱川春"というブランディングを確立させてきた。 「報道が出てからも表立って色々聞かれるのって今瀬さんじゃないですか」 「それは…まあ…」 「いつも見てて思いますよ、上手くやってるなぁって。否定はせずとも肯定もしないで、壱川さんのことも上手に守ってて。でもバラエティの流れ崩さずに、期待に添えるように盛り上がるように上手く発言してて」 「…いや…そんな…」 「でも壱川さんは何も言わないじゃないですか。バラエティじゃなくても、ほら、制作発表とかそういう場でも、完全スルーっていうか」 「それは…それは仕方ないっていうか…春はそういう…」 「なんか」 伊丹はキュッとキッチンの蛇口の水を止め、秋を見据えて言った。 「今瀬さんばっかりが色々考えてて、大変そうですね」 「え…いや…そんな…」 そうして伊丹は静かに言った。 「好きだからそれで良いって、今瀬さんのそれ、いつまで続きますかね?」 秋は思わず言葉を失う。 なんと言って良いか、まるで分からなかったからだ。 固まったままの秋に、伊丹はじゃあごちそうさまでした!とまた明るいいつもの表情を浮かべ、未だシャワーを浴びている春に挨拶はすることなく、そそくさと去っていってしまった。

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