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第29話-4 好きだけじゃだめ?

どれくらい時間が経ったか、春が呼びかける声で秋はハッとする。 「大丈夫?」 心配そうな顔で秋を覗き込む春に、秋は咄嗟に笑顔を作り、俺もシャワー浴びてくるね、と逃げるようにその場を去った。 そうしてシャワーを終えて再びリビングに戻ると、春はソファで台本を読んでいたようで、台本を置いて秋の方を見た。 春が家で台本を読むのは珍しいことだ。 春は基本、仕事の合間を使って台本を覚える。家に仕事を持ち込むことはあまりない。あるとすれば、それは作品が重なっていたりツアーが重なっていたり、いわゆる"超多忙"な時期に限る。 今まさにそんな時期にある春に、無駄な心労をかけたくない。 秋はまた咄嗟に笑顔を作り、思いつく限りのくだらない話題を投げかけながら、春の隣に腰を下ろした。 そうしてろくに返事を聞くこともせず話し終えた後、秋は楽曲制作があるから、と早口で春に告げ、ソファから立ち上がった。 そんな秋の腕を春が掴んだ。 秋はそれにびくっ、と小さく反応するが、しかし春の顔を見ることなく、明るく装って言う。 「春も台本覚えなきゃ、なんでしょ?」 春はうん、と小さく返事をした後、腕を掴んだまま秋に尋ねた。 「…朝までかかる?」 「…あ〜…う〜ん…」 煮え切らない返事をする秋に、春はそっと立ち上がり、秋の顔を覗くようにして静かに尋ねた。 「…伊丹さんと何かあったの?」 秋がその問いに視線を泳がせながらいや…と呟くように言うと、春は再びじっと秋を見て尋ねた。 「…何か…された?」 その問いに秋は驚き、えっ?!と咄嗟に声を上げる。 「な、何かって…何?」 「…様子がいつもと違うから」 「えっ…いやそれは…その…」 「…?」 「…相談…してただけ」 「相談?」 「……まあ…色々…」 「…どんな?」 「…べつに…そんな大したことじゃ…」 「…僕に言えないこと?」 「………まあ…」 秋がそう言うと、春はじっと秋を見つめた後ふっと視線を落とし、すっと一歩離れるようにして、掴んでいた秋の手を解いた。 そうして、そっか、と呟くように言ってから、いつものように小さく微笑んで言った。 「頑張ってね」 そうして先に寝るね、と秋に告げ、寝室へ向かって行った。 秋は部屋に1人になり、思わず力が入っていた身体に気付き、はぁ、と息を吐いて脱力する。 「何かされた?って…」 そんなわけないでしょ、と思いながら、秋は再びため息をつき、ソファにどすんと腰を下ろす。 伊丹に言われた言葉を思い返す。 "好きだからそれで良いって   ――いつまで続きますかね?" 別に不満になんか思ってない。 そう思っていたはずなのに、やけにその言葉が秋の心に引っ掛かる。 いつもならどんな時でも何よりも優先してきた春との時間。わざわざ眠い目を擦って春と側で寝たくて起きていた自分が、理由をつけてそれを拒んでしまった。 今日はなんとなく、春といたくなかった。 「別に不満になんか…思ってないし…」 そう秋は小さく1人呟いた。 ―― ―― _

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