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第29話-6 好きだけじゃだめ?

―― ―― 「…何ニヤニヤしてんですか?」 「…えっ!?そ…そんな…してた?!」 「してましたよ、さっきっから…集中してくださいよ」 慌てて春を送り出してから、秋自身も慌てて身支度を済ませ、レギュラー出演するトークバラエティ番組の収録のため、秋はテレビ局に来ていた。 今日の収録のための台本を確認している最中、マネージャーである藤堂からそんな注意を受け、秋は自分の頬をパチンと軽く叩いた。 「なんかいいことあったんですか?」 「えっ、いやいや…あはは…」 「最近疲れてるみたいだったんで心配だったんですよ」 「えっ!?そ、そう…?」 「今瀬さん分かりやすいですから」 「あはは…」 そんな心配をかけてしまっていたか、と秋は少し反省する。 春との報道後、秋の知名度は格段に上がり、それに伴ってより多くの仕事が秋の元に舞い込むようになっていた。 それは音楽番組や音楽フェスなどだけではなく、バラエティ番組への出演オファーもかなりの数だ。 秋の少し天然でしかし真っ直ぐな好青年、といったキャラクターはお茶の間に強く支持され、また”話題の人”ともあって各テレビ局は秋を取り合うかのように、番組のオファーをした。 秋の事務所の社長である桐生典明は今がチャンスとばかりにそういった仕事の全てを受けるようにといった方針であったが、藤堂はそんな桐生の方針にはあまり乗り気ではないようで、「今瀬さんはタレントじゃなくてアーティストなんで」と、しっかりと精査して仕事を受けるようにしてくれていた。 そんな藤堂に秋は信頼を置いていたし、多少無茶のあるような仕事でも、藤堂がOKしたのなら…と、秋も一生懸命に取り組むようにしていた。 最近レギュラー出演するようになった今日収録のトークバラエティ番組も、「今瀬さんのアーティスト性をより売り出すことができると思うので」との藤堂の押しがあり、秋は出演を決めた。 毎回旬なアーティストや俳優・女優などをゲストに招き、そんなゲストの恋愛エピソードを深掘りする、と言った内容のトークバラエティだ。 春との報道後、恋愛をテーマとしたこの番組での秋の発言は毎回かなり注目を浴び、それは秋にとってはかなりハラハラとするような日々であったが、それでも秋の作る楽曲のアピールになっているようで、毎回放送後には秋の楽曲配信サイトのPVはかなり伸びている。 「あ、そうだ」 藤堂が声を上げ、秋は台本から目を離し、藤堂に目線をやる。 とその時、藤堂の携帯が鳴った。 藤堂は携帯を一瞥し、秋にすいません、と一言残し、楽屋を出て行った。 楽屋に残された秋は藤堂が言いかけた何かに少し気を取られながらも、まあいいか、と再び台本に目をやる。 そうしてすぐ、楽屋の扉がコンコンコン、と鳴らされた。 「はーい」 そう軽快に声を上げながら、秋は楽屋の扉を開いた。 すると、そこには見慣れない女性が立っていた。 年はおそらく同じくらいか。 薄く二重の線が入ったスッと切れ長の目に、小ぶりであるがつんと上向きで筋の通った鼻筋、艶のある小さめの唇。髪は艶があり整えられ、透き通るような白い肌をしている。 一見して派手な容姿ではないものの、しかし一目でその人が”芸能人”であることが分かった。 秋はそんな人の突然の訪問に、思わずスッと背筋が伸びた。 徐に、その人が口を開いた。 「今日収録でお世話になります、中野由緒(なかのゆい)です」 秋はあっ、と声を上げ、そうしてすぐに笑顔を作り、答える。 「今瀬秋です、よろしくお願いします!」 また数行しか読んでいない台本に書かれていた”中野由緒”という名前と、目の前のその女性を結びつける。 そうか、この人が今日のゲストの女優の…、と思考を巡らせていると、中野由緒がニヤリと口角を上げ、再び口を開いた。 「…へぇ〜」 そんな由緒の言葉に秋はえっ?と声をあげる。 由緒はニヤリと笑いながら、中入っていい?と砕けた様子で秋に問いかけ、秋がそれに呆気に取られていると、お邪魔しまーすと秋をすり抜けるように秋の楽屋へ押し入った。 そうして楽屋の扉が閉まり、秋と由緒は二人きりになる。 それを見計らったように、再び由緒が口を開いた。 「壱川春と付き合ってんのやろ?」 「…えっ…ええ?」 「曲聴いたで」 「…えっ…と…」 秋が動揺しているのを、由緒は実に楽しそうに秋を観察している。 報道後、初対面で名前を出してここまでこの件に突っ込んできたのは由緒が初めてだ。 秋はどう答えるべきか分からず、ドギマギとするしか出来ない。 「うちのこと知ってる?知らんよなあ?」 「あ…えっと…すいません…」 「あはは、全然 自己紹介しようと思ってきたから」 由緒は続けた。 「名前は中野由緒。21歳で、君と同い年」 「あ…はぁ…」 「性別は女、出身は京都で、血液型はAB型で、あー…職業は女優な」 つらつらと並べられるプロフィールに、秋は小さく頷く事しかできない。 「好きな食べ物はチョコレート、嫌いな食べ物は豆腐 犬派、インドア派、あとはなんやろ…」 「あっ…いや…もう、その…十分っていうか…わざわざありがとうございます…?」 そう秋が言うと、由緒は再びニヤリと笑って尋ねる。 「どう?私と仲良くなれそう?」 「えっ…あぁ…ど、どうですかね…?」 「まあ話していかへんとそんなんわからんよなぁ?趣味とかそういう話とかな」 「そ…そうですね」 「でもうち、今瀬くんと仲良くなれそうやなぁって思ってるねん」 「…そうですか?」 「うん だって…」 そう含みを持たせて言った後、由緒はジリジリと秋に歩み寄った。 秋は思わず後退りする。 そうして秋をじっと見据えながら、由緒は言った。 「男の趣味、おんなじやからさぁ?」 「…えっ?」 由緒は秋の反応を楽しむように、続けて言った。 「うちなぁ… 春と付き合っててん」 「…はっ?」 「元カノ…ってやつ?で、今瀬くんが、今カレ? …な?仲良くなれそうじゃない?」 秋が思わず顔を引き攣らせていると、由緒はニヤッとした笑みから途端にスッと表情を変え、じっと真顔で秋を見据えた後、秋の服の襟元を強く掴み、引き寄せた。 思わず体勢を崩した秋の耳元で、由緒は小さく、しかし確かに言った。 「…春の初めての相手はうちやねんで 手繋ぐのも、キスも、…そういうことも」 そう言って由緒はふっと掴んでいた秋の服をパッと離した。 突然離されて秋はふらりとよろめく。 由緒は先ほどと同じように、またニヤリとおかしそうに秋を見つめている。 「今日すごい楽しみにしててん」 「…」 「あははっ…おもろ〜。じゃあよろしくお願いします」 そう言って、由緒は楽屋を後にした。 ――

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