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第30話-4 初めての相手
春と由緒が映し出される。
ドラマのシナリオを春が話し、それに由緒が相槌を打つ。
ぜひご覧ください、と締めの言葉を春が話した後、由緒がくすりと笑い出した。
それに反応するように、春がふっと由緒に視線を向ける。すると由緒は春を見てまたさらに笑い出す。
春はそれに釣られるように微笑み、しかし不思議そうに「何?」と優しく問いかけた。
すると、由緒は「いや、なんでもないよ」と少し関西訛りで答える。
すると撮影者であるスタッフのありがとうございます、と言った声が入り、少し画面がブレる。
しかし動画は続き、春の「どうしたん?」という声が聞こえてくる。
由緒に釣られたのか、春は関西訛りで話している。
二人の足元を写していた画角は再び二人の姿をくっきりと映し出し、仲睦まじそうに二人は身を寄せ、笑い合っている――。
というところで、動画が終了。
このポストには大量のコメントがついている。
秋は動画を見て意図せず早くなった鼓動を誤魔化すように、それらのコメントに目を通していく。
「同級生で月9主演とヒロインって…ドラマよりドラマだよね????尊い」
「え、こういう空気感って作れんよ?同級生の距離感が滲み出てる」
「春くんの関西弁レアすぎて叫んだ。由緒ちゃんのイントネーションに釣られてるの可愛い」
「いや由緒ちゃん、距離近くない? 同級生でも春くんはアイドルなんよ??」
「春くんが女優さん相手にこんなにラフなの見たことないんだけど……嫉妬で胃が痛い」
「春くん…寄り添いすぎでは?腕触れてるよね?触れてるよね???」
「同級生設定なのは分かったから!でもさ!うちらの心臓のことも考えて!!」
「2人とも姿勢が無意識に寄るタイプのやつ…仲良い人とじゃないと出ない距離」
「春くん、普段アクセント気にして標準語徹底してるのに“どうしたん?”はマジだ…」
「同級生って聞いて以来、微笑ましい気持ちと嫉妬が同居してる。情緒しんどい」
「なんでこんなに楽しそうなの……でも楽しそうなの見れて嬉しい……でもしんどい」
「由緒ちゃん可愛いけど近い!いやでも尊い!いやでも!!って感情が忙しい」
「春……関西弁出したらあかん……死ぬ……マジで落ちるから……」
「由緒ちゃん羨ましすぎ」
「どこの女やねんって思ったら同級生だった。なんか負けた気する」
「オーディション勝ち抜いて月9ヒロイン、しかも同級生と主演とか漫画?」
「馴れ馴れしいわ。アイドル相手にあの距離はどうなん」
「ガチで付き合ってんじゃないの?あれは同級生超えてる」
「公式でこんなイチャイチャ流す必要ある?」
「春、仕事なんだから距離感もっと気をつけろよ」
「普通に考えて、同級生ならあの空気感になるやろ。逆に距離あったら変だわ」
「仲がいい=恋愛じゃないからね。現場が明るくてよき」
「春くんの自然な笑顔ひさしぶりに見れて嬉しい。由緒ちゃんも可愛い」
「春由緒、公式供給すごいwww月9側ガチで売る気じゃんwww」
「同級生から月9主演×ヒロイン、展開が少女漫画すぎてしんどい」
「どう考えても相性いい。演技の相乗効果に期待しかない」
「嫉妬するけど尊いし、でも嫉妬するし、でも嬉しいし、でも嫉妬する(語彙死)」
「春の関西弁聞けて生きててよかった」
「月9やばいの来た、10月まで眠れん」
そうして、一件のコメントが目に留まる。
「え、この距離感…ごめん、あの秋くんとの報道って本当に本当??」
ドクン、と秋の心臓がさらに跳ねる。
すると、次々に秋に触れたコメントが目に入ってくる。
「壱川春と今瀬秋の同棲報道、ガチならこんな空気出る??って思っちゃった…」
「いや、仲良すぎて頭がバグる。秋との件は嘘で、カモフラージュだった説出てきた」
「やっぱ今瀬秋との熱愛デマだったんじゃ??」
「だってさ…これ恋人の空気じゃん?同性同棲の方がフェイクだったんでは?」
「これから出る女優との熱愛避けのためのフェイクだったんじゃw」
「今瀬と付き合ってる風に見せるより、こっちのがよっぽど自然なんよ……」
「ビジネスゲイとかどんなwww」
「今瀬秋との報道、あんなに大変だったのに……え、今日の動画で全部覆るレベルで距離近い」
「秋推しとしては複雑…」
「やっと鎮火して来たのに話題欠かないなー」
「無理無理無理、春秋だと思ってたのに由緒ちゃんとの方がカップルみあるやん……」
「やめてくれ心臓がもたない、秋くんはどうしたの?」
「春秋ガチ勢、生きてる???」
「由緒ちゃんの笑顔に春くん落ちてない??え、今瀬秋との件どこいった」
「月9よりコメント欄の方がドラマ」
「春くん、秋と別れたん?ってレベルでこれまでと共演者との距離感ちがう」
「マジで、ファンを混乱させるスピードが速い男・壱川春」
「春は全方位に優しいからな……同級生との距離感が別次元になるのは納得」
「秋との件と今回の共演は別軸。春の器用さが出てるだけ」
「春秋を疑うのは違うと思う…動画はただの同級生バイブスでしょ」
「秋くんの言動あったから世間は受け入れたのにそれを無碍にする壱川春草、身勝手」
「由緒ちゃん可愛い、春くんかっこいい、秋くん何処??」
「てかあの報道がフェイクなら今瀬秋、売名に必死すぎだろ それっぽいことばっか言って草 否定しろよ」
そうして秋は携帯を閉じ、あぁ…と声にならない声をあげる。
こういう好き勝手なコメントにはもうあの一件以来慣れたはずだ。
なのに、妙に胸がざわついて、息がつっかえる。
“うちなぁ…春と付き合っててん”
“…春の初めての相手はうちやねんで
手繋ぐのも、キスも、…そういうことも”
再び由緒の言葉が頭をこだまする。
大勢のコメント通り、春は由緒と特段打ち解けているように感じた。
春は誰に対しても平等だ。良くも悪くも、踏み込んでいくことをしない。それは高校生時代、同級生として春と関わり、知ったことだ。
しかし動画のあの数分で見た由緒とのやり取りは、春をよく知る秋から見ても、由緒とは仲がいい事がわかった。
由緒と、もしかしたら特別な絆が、いや、絆というか、もしかして本当に――。
冗談なのかもしれない、と思った由緒から言われたそれが、冗談には到底思えなくなる。
でも、どうして?
春は女の人をそういう風に見れないはずだ。恋愛的に、好きになることはない。
本人だってそう言っていた。
なのに、それなのに、由緒と付き合っていて、そして由緒が言うように、恋人としてそういう交わりを持っていたんだとしたら。
そして由緒は今秋と春が付き合っている、ということを知っていながら、女である自分と付き合っていた男が男と交際しているという事実を知りながら、ああいうふうに、付き合っていたことを打ち明けて来たとしたら。
由緒の考えていることが、真意が分からない。
動揺している秋を見て楽しみたかっただけ?
「……やだな」
そう口から溢れて、秋は自分で驚いた。
嫌だって…何が嫌?
仲が良さそうなのが嫌?
付き合っていた人がいたのが嫌?
元カノとラブストーリーで共演するのが嫌?
それとも、そういう嫉妬の類ではないのかもしれない。
例えばSNSでとやかく言われる事が嫌?
売名だとか、そう言って貶されるのが嫌?
それとも。
元カノだと言って揺すられて気持ちを乱されたのが嫌?
そう言って思いつく限りの嫌を想像して、その全部に秋はそれなりに嫌だという気持ちで胸がいっぱいになるも、でも、それよりももっと、何か、自分の中で言葉に表せない大きな嫌、があることに気づいた。
でもそれの核が分からなくて、秋はどうやっても治らない早くなる鼓動に苦しくなり、大きく息を吸い込んで、吐き出した。
時刻は24時。
帰って来た頃は22時を少し回った頃だったから、気付けば1時間以上経っていたことに秋は驚く。
そろそろ春が帰って来てもおかしくない時間だ。
秋は立ち上がり、夜ご飯の準備をしないと、とキッチンへ向かった。
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