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第30話-6 初めての相手
遠くから微かに声が聞こえる。
秋は思わずじっと耳を澄ました。
「…うん …あはは」
微かに聞こえる春の声は肩の力が抜けていて、どこか柔らかく響き、電話先の相手が親しい相手なのだと思わせる。
「…へえ、そうなんや」
微かに聞こえた春の関西訛りのその返答に、秋は目を見開いた。
先ほど見た動画。
由緒と親しげに話す春が漏らした「どうしたん?」という関西訛りのその問いかけに、SNSは大いに湧いていた。
実際春と暮らしていて、春が出身である京都の訛りを出すことはない。
同じ関西出身の秋も、事務所の意向で強く指導されて標準語に矯正されていて、普段二人の会話は標準語だ。
秋が思わず関西弁が出るのは、親や兄弟と話す時、そして小中学校の親しい友人と話す時のみ、だ。
もしかして、というか、絶対――電話先は、由緒だ。そうに決まってる。
秋はそう直感した。
「明日?明日は、どうかな…夜ならもしかしたら、やけど…」
明日?明日って何?夜なら、って何?
「…あはは、懐かしい まだ取ってたんや」
何、何のことだろう。…思い出のもの、みたいな?
「…そうやな うん、好きやで」
そうして秋はバッと飛び上がるようにして起き上がり、大きな音を立てて寝室を飛び出した。
電話を耳に当てたまま、春が驚いたように振り返る。
秋は思わず息が荒くなる。
春はじっと秋を驚いたまま見つめた後、ごめん、また掛け直す、と話し、電話を切って立ち上がった。
そうして秋のそばまで寄り、未だ驚いた様子で尋ねた。
「…どうしたの?」
秋は震える息を吐きながら、静かに言葉を発した。
「…誰?」
春は秋の様子に戸惑いながらも、いつものように優しく答えた。
「えっ…あぁ…母親、だけど」
その答えに妙な安堵感と拍子抜けをした秋だが、それでもすぐにじんわりした黒い感情が心を埋め尽くし、すぐに表情をこわばらせる。
春はそんな秋に目を丸くして、恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「…体調…悪い?」
秋はその問いには答えず、ただじっと拳を握り締め、そうして意を決したように、じっと春の目を見つめて尋ね返した。
「中野さんと、付き合ってたの?」
一瞬、春の瞳が大きく揺れるのが分かった。
そうして少しの沈黙の後、春が言った。
「…どうして?」
質問で帰ってくるとは思っていなかった秋は一瞬狼狽える。
しかし、春のその返答はさらに秋の不安な気持ちに拍車をかけた。秋は語気を強め、言った。
「俺が聞いてるんだけど」
春はその秋の返答を受けてじっと秋の目を見つめた後、静かに言った。
「…ドラマの…SNSを、見たの?」
「だから、俺の質問に答えてってば」
そうして春は秋を探るようにじっと見つめた後、ふっと目を伏せて、言った。
「………うん」
そうして二人の間に、沈黙が流れる。
春が再び視線をあげ、秋と視線が交差する。
じっと見つめ合った後、先に視線を逸らしたのは秋の方だった。
自然と身体に力が入って止まっていた息を大きく吐き出し、秋はそのまま春の隣をすり抜けてソファに腰を下ろした。
秋は足をあげてソファの上に三角に座り込み、膝の上に肘を置き、額に手を当てて顔を覆い隠すようにした。
春は少し間を置いた後、静かに秋の隣に腰を下ろした。
しかし秋の方を見ることはせず、ただ足元に目線を落としている。
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