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第30話-7 初めての相手
「好きだったの?」
秋の問いに、春が視線を向けるのが分かった。
しかし、秋は春の方を見れない。
春は静かに言った。
「…うん」
秋は続けて尋ねた。
「…女の子はそういう風に思えないんじゃなかったっけ」
「…うん」
秋は同じような返答の繰り返しに痺れを切らし、春の方を見る。
春はじっと秋を見ていた。
「…中野さんって女の子でしょ」
「…うん」
「うん、しか言えないの?」
その秋の強い語気に、春は黙り込む。
秋は言った。
「嘘だったってこと?」
「…違うよ」
「でも好きだったって言ったじゃん、今」
「それは…人としてって意味で」
「人として好きだったら春は誰とでも付き合うの?」
「……そうじゃない…けど」
「でもそういうことじゃない?人として好きだから中野さんと付き合ってたわけでしょ?」
「…そう…じゃなくて…」
「そうじゃなくて、何?」
「由緒は…他の人とは違うから」
春のその返答に、一番望んでいなかったその返答に、秋の心臓はキュッと凍りついたような痛みに襲われた。
秋はそうしてその痛みを何とか逃がすように、ふっと息を漏らし、そっか、と言い、立ち上がった。
再び寝室に向かった秋を、春が呼び止める。
「…秋」
秋はその声に立ち止まるも、春を見ることはせず、背中越しに無機質に返答をする。
「…何?」
春がソファから立ち上がり、こちらにくるのが足音で分かる。
そうしてすぐそば、秋の後ろで、春が言った。
「…話してなくて、ごめんね」
秋は小さく吐き出すように笑い、そして言った。
「…別に、普通は言わないもんでしょ …俺も言ってないわけだし」
「…ごめん」
「別に謝って欲しいわけじゃないから」
そうしてしばしの沈黙の後、秋がその沈黙を破る。
「…中野さんに、収録で会ったんだよね」
秋は続ける。
「春と付き合ってたって…
…春の初めては全部自分だって言われたんだけど…
…それも本当?」
秋は振り返る。春の目を見る。
春は秋と目があってすぐ、目を伏せた。
「…まあそんな嘘つかないよね、中野さんも」
そのまま目を伏せたままの春に、秋は続けて言う。
「…俺はいつも、春のこと特別だって思ってる
それってさ、別に…
男だとか女だとかそういうの…関係ないと思ってた」
春がその言葉に、ゆっくりと視線をあげる。
秋をじっと見つめるその目は、ゆらゆらと揺れ、春の動揺が見えた。
秋は続けた。
「…けどさ、そんなことなかったのかなって…
俺は…初めて好きになった男の人が春だったから、春を特別だと思ったのかもなって
今までの人と比べることとか出来ないし、春とダメになってこの先、男の人と付き合うとか…まあないだろうし」
春が何度も瞬きを繰り返す。
「キスとか、それ以上とか…他の男の人とは出来ないし…したいと思ったことないから…けど…
…けど、春は出来たんだよね?
そういうことしたんだよね?
中野さんと」
春はただじっと目を伏せて、そうして考えている時の癖である瞬きを何度も繰り返している。
いつもなら返事を待つ秋も、今はどうしてもそれが出来ない。
考えるよりも先に、ただ感情に任せて言葉が飛び出していく。
「俺にとっての春が、春にとっての中野さんだったんだよね?
特別…だったんだよね?
だって言ってたもんね、”他の人とは違う”って」
未だ目を伏せて黙りこくったままの春に、秋は続けて捲し立てるように話し続ける。
「…俺にとって春は特別だけど、春にとって俺って別に特別じゃないでしょ?」
「…そうじゃない」
「そうでしょ
…だって特別とかさ…俺…そんなこと…
…春に言われたことない」
もう自分で自分を止めることが出来ない。
秋は自分でも何を話しているのかからきし分からず、それでも吐き出すように続けた。
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