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衣のすべり
信じられない困惑と憤怒から、骨太な指が華奢な翠流の肩を揺さぶり、その耳にある天人の証である雫石の飾りが、涙を振り零すように揺れ動いているのを、度が超えた牽牛は認知できていない。
苦痛に顔を歪める翠流は揺るがしを受け容れながらも、やがて観念のような喘ぎの弁を吐露した。
「…………そう、だよ……っ! 七夕 の夜を水浸しにして、ふたりの逢瀬を台無しにしてきたのは、……この、僕だ……!」
「なっ……! どうしてそんなことを……!!」
「どうしてって……。……あんな、あんな織女なんかの、どこが好いんだよ……っ! 牽牛の上っ面しか見ていない、あんな星渡り女 のことなんかの、どこが……!!」
「な……! 私の伴侶であり、天の妃 であるあのきよらかな織女に何て物言いを……っ!
いくら織女と縁戚であるお前とはいえ、許さないぞ……!!」
「お人好しの牽牛は知らないんだ……! 体の良い文 のなかでの、"見せかけ"の織女のすがたしか見ていないんだから……!
初めての逢瀬になる筈だった夜、本当に雨が降ったあの日以降、あの女は何をしていたか知っている……!?
身体の隙間 を埋めてくれない牽牛に痺れをきらして、邑の男達の訪いを許したんだ……!
しかも、一人二人ではなく、数人と……!
東側 の夫には可憐なをとめを通してるから、こっちではいくら宜しくやっても問題ないって、西側 では評判の女 だってよっ……!」
「な……っ……!!」
織女の醜聞に加え、純粋無垢と信じる翠流の唇から、『宜しくやる』などという下賤な言葉が飛び出してくるのも、牽牛には打撃だった。
しかし彼も思い当たるものを覚えて押し黙る。
逢瀬が叶わず嘆きを綴る織女の筆致は、悲嘆にくれながらもどこか絵空事を憂いているようなのどかさであった。
それは織女の純粋さが為すものだと疑わなかったし、同じものを翠流へも重ねていた。
不意に婉容な絹すべりの音と、白い燐光のようなものの気配が現れた気がして、顔をあげると、牽牛の心臓 はずくりと脈拍 った。
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