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『その男爵を糾弾し、陥れたのはどこの誰かな?』  怜士の指摘は、その張本人が丈士だと明らかにしていることに他ならない。  図星を指されて、この弟は逆ギレした。 「お兄様に、そのような言い方をされるとは! 実に、不愉快です!」  そして荒々しく席を立つと、ぷいっと後ろを向いてしまった。 「帰ります!」  振り向きもせず、大股で歩き出す丈士だ。  そんな弟の背中に、怜士は一声だけ掛けた。 「また、逃げ出すのか?」  兄弟の争う様子を間近で見せられた倫の目には、ほんの一瞬だけ丈士が動きを止めたように感じられた。  しかし、それは本当にわずかなことで、丈士の姿はどんどん小さくなっていく。  テラスから降り、ハーブガーデンを横切り、坂道を下って消えてしまった。 「倫、すまないな。浅ましいところを、見せてしまった」  不意に掛けられた怜士の声に、倫は我に返った。 「いいえ。浅ましいなんて、そんな」  しきりに手のひらを横に振る倫に、怜士は微笑んだが、それは悲しげだった。 (怜士さまは、弟の丈士さまと仲良くしたいと思ってるんじゃないかな……)  二人の間には、どんな確執があるのだろうか。  倫の小さな胸も、怜士の瞳のように曇ってしまった。

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