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「ね、怜士さん。海に行ったら……」 「うん。ちょっと、待ってくれ」  怜士は、自動車の走行に違和感を覚えていた。  カーブに差し掛かっているのに、スピードが落ちないのだ。 「どうかしたんですか?」 「車の様子が、おかしい。手動運転に、切り替えるよ」  体勢を整え、怜士はステアリングを握った。  こうすれば指紋認証が反応し、自動運転と手動運転の切り替えができるはずだ。  だが、システムは怜士を拒絶し、運転操作を譲らない。  彼の焦りは、倫にもじわじわと伝わってきた。  完全自動運転が可能な、レベル5自動車。  それを怜士が、運転の楽しみを残しておきたい、との理由から、わざわざ自動と手動のハイブリッドにしたのだ。  非常操作を試み続ける怜士だったが、やがて手を止め倫の方を向いた。 「倫、すまない」 「えっ」 「次のカーブ、このまま突っ込んでしまいそうだ」  自動車は、かなりのスピードで走っている。  そうなると、ガードレールも破って崖下に転落するだろう。 「この車は、ハッキングされている。おそらく、狙いは私の事故死だ」 「そんな……!」 「死は、怖くない。しかし、君を巻き込みたくなかった」 「怜士さん」  悲しそうな、怜士の瞳。  その目の色で、倫は悟った。 (ああ、僕は死ぬんだな)  ただ、怜士同様、死ぬことはなぜか怖くなかった。

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