159 / 179

第三十二章 最後のキス

 ああ、僕は死ぬんだな。  倫は、死ぬことはなぜか怖くなかった。  ただ……。 (天国のお父さん、お母さん。そして、お兄さん。怜士さんだけでも、助けて!)  心の中で、そう叫んでいた。  物語ではない、外の世界。  そこに眠る優しい人々に、願った。 「怖いだろう、倫。すまない、本当に、すまない!」  は、と倫は顔を上げた。  苦悩する、怜士の声に、我に返った。  唇を噛み、目には光るものがあるその姿に、倫は口を開いた。  気味が悪いほどに、するすると、言葉が出てきた。 「すまない、なんて言わないでください」 「えっ」 「僕は怜士さんに出会えて、幸せだったんです。それに、まだ死ぬって決まったわけじゃないでしょう?」 「……ありがとう、倫」  人間は、追い詰められた時に、本心が出るという。  しかし倫の言葉は、これまでの彼を裏切らず、明るかった。前向きだった。  怜士は彼に励まされ、落ち着きを取り戻すことができたのだ。

ともだちにシェアしよう!