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第三十二章 最後のキス
ああ、僕は死ぬんだな。
倫は、死ぬことはなぜか怖くなかった。
ただ……。
(天国のお父さん、お母さん。そして、お兄さん。怜士さんだけでも、助けて!)
心の中で、そう叫んでいた。
物語ではない、外の世界。
そこに眠る優しい人々に、願った。
「怖いだろう、倫。すまない、本当に、すまない!」
は、と倫は顔を上げた。
苦悩する、怜士の声に、我に返った。
唇を噛み、目には光るものがあるその姿に、倫は口を開いた。
気味が悪いほどに、するすると、言葉が出てきた。
「すまない、なんて言わないでください」
「えっ」
「僕は怜士さんに出会えて、幸せだったんです。それに、まだ死ぬって決まったわけじゃないでしょう?」
「……ありがとう、倫」
人間は、追い詰められた時に、本心が出るという。
しかし倫の言葉は、これまでの彼を裏切らず、明るかった。前向きだった。
怜士は彼に励まされ、落ち着きを取り戻すことができたのだ。
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