167 / 179

4

 母の納骨を終え、寂しくなった仏壇。  その前に座っていると、ひとりでに涙があふれてくる。  こちらの世界での時間は、全く流れていない。  だのに、本の中での濃密な体験は、一体なんだろう。  夢、と片付けるには、あまりにも鮮烈な思い出。  いや、まだ思い出に閉じ込めてしまうことなど、できやしない。  嗚咽が、強く結んだ唇の隙間から、漏れ出てくる。 「いけない。今から、お客さんが来るのに」  きゅっ、と顔を上げ、深呼吸をしたところに、チャイムが聞こえた。  西区のおばさんが話した、彼女の息子が到着したのだ。 「はーい!」  勢いよく立ち上がり、倫は玄関へと向かった。 「お母さんの従妹の息子さん、なら、僕の再従兄弟(はとこ)だよね」  そういえば、名前を知らない。  なにせ電話を受けた時には、魂が八割がた抜けたような状態だった。  聞いたけれども、覚えていない可能性もある。  失礼の無いようにしなきゃ、と考えながら、倫はドアを開けた。 「わざわざ、ありがとうございます。どうぞ、中へ……」  愛想よく繰り出した言葉が、途中で切れた。  代わりに、感情が突き出してきた声が、放たれた。 「怜士、さん……?」  そこには、心から愛した人が立っていたのだ。 「怜士さん。怜士さん、ですよね?」  ああ、お願い。  どうか、そうだと答えて!  黒いコートを羽織った礼服の男性は、ゆっくりとうなずいた。 「倫。会いたかった……!」 「怜士さん!」  倫は、玄関口まで素足のまま駆け下りた。  そして、愛しい人の胸の中へと飛び込んだ。

ともだちにシェアしよう!