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 倫に勧められて怜士は屋内へと上がり、まずは仏壇に手を合わせた。  律儀に御仏前まで、お供えしてくれた。  その一連の所作が済むまで、倫は大人しくしていたが、彼が座卓へ落ち着くと途端に泣きじゃくり始めた。 「怜士さん、どうして? 何で? 怪我とかは? ……うぅ、あぁ!」 「泣かないでくれ、倫。こうして、また出会えたじゃないか」  さあ、と腕を広げる怜士の胸に、倫は再び顔をうずめた。  猫ならば、ゴロゴロと喉を鳴らすところだ。  そんな倫の髪を優しく撫でながら、怜士は自身が体験した不思議な顛末を話した。 「確かに私は、車ごと崖下の海へ落ちたんだよ」 「痛くなかったですか?」 「それが、覚えていないんだ。目の前が眩しい光に照らされ、その次には白河の家にいた」 「白河。西区のおばさんの家ですね?」  ああ、と怜士はうなずいた。  変わらずに聡明な倫に嬉しくなりながら、続けた。 「白河 怜士。これが、今の私の名だ」  その白河 怜士は、数か月前に交通事故に遭った。  手術、入院、そしてリハビリを経て、何とか体は動くようになったが、脳の回復が遅れていた。 「記憶があいまいで、自分の事すらよく解らなかったらしい。だから、自宅で療養していたんだ」  そんな彼に、おそらく私の存在が重なったのだろう。  そう、怜士は推察していた。 「気づくと、見知らぬ家にいた。礼服姿で帰宅した女性の口から、相羽 倫の名を聞いた時には、心臓が破裂するかと思ったよ」  倫が、無事に生きている!  その事実が、怜士を突き動かした。  会いたい。  ただ……会いたい! 「そして。こうして再び巡り合えた奇跡に、感謝している」 「怜士さん」  二人は、固く抱き合った。  もう、離れない。  もう二度と、離れない。  そう誓い合い、抱きしめ合った。

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