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第19話 純粋に、心から
(流れ流れて、アクロッポリの王宮からディルフィーの王宮まで来たのか……)
案内された客室で一緒に食事をとり、セレスが湯浴みしている間に僕はソファに座ってしみじみと考えていた。なんだか信じられない。
あんなに覚悟してセレスの元から離れたつもりだったのに、いざ再会してみると嬉しくて仕方がなかった。どこに行ったのかもわからない僕を追いかけて、見つけ出して救ってくれたって、すごいことだと思う。
でも、この国に来て知った真実は僕の心に暗い影を落とした。好きに抱けるから、セレスは僕に執着しているんじゃないだろうか。僕が男じゃなくて女だったら、子どもを産ませたりするんだろうか。そこに気持ちは……あるの?
「ウェスタ、話そう」
「セレス……」
湯浴みを終えたセレスは僕の隣に座った。いや、向かいにもソファはあるんだけどね?
再会して以降、セレスは僕と少しでも離れると消えてしまうと思っているのか、一時も離そうとしない。食事も膝の上だったし、湯浴みの介助までされそうになってひと悶着あったくらいだ。
まずは今回の事件について。ディルフィー国内での拉致が密かな問題となっていることを、セレスも僕がいなくなってから知ったらしい。
国境で僕を拐った襲撃者から情報を得てセレスは王都へ向かったのだが、あの首謀者の女は一枚上手だった。実行者とのやり取りにはもう没落した貴族の名前を使っていたらしく、セレスは王都で手掛かりを失った。
そこから調査にまた時間がかかってしまい、あのギリギリでの登場となったようだ。
それにしても……まさか僕が出奔したその日の内にセレスが気づくとは思わなかった。そのおかげで僕の貞操と命は守られたんだから、感謝してもしきれない。僕は笑顔を作ってお礼を言った。
「セレス、ありがとう。でもまさか自分の身体にそんな価値があるなんて思わなかったなー。なにもないと思ってたから……もっと早く知りたかったくらい。僕、勘違いしちゃって……あはは、ごめん。お礼と言ってはなんだけど、僕、セレスになら抱かれてもいいよ? 子どもは産んであげられないけど、」
「やめろウェスタ! そんな顔……するな。身体に価値があるなんて、一部の腐った奴だけの考えだ。俺は、ウェスタのことが好きなんだ」
空元気の笑顔はすぐに見破られた。セレスは僕の手に手を重ね、顔を覗き込むように見てくる。あぁ、やっぱりこっちの黒髪が好きだ。
セレスが僕を見下していないことはわかっている。それでも、言葉を素直に信じたい気持ちと、まだ不安で疑ってかかりたい気持ちがせめぎ合っていた。僕にはこれまでの経験が重く伸し掛かっている。
「でも僕は……みんなに蔑まれる人間で、尊敬されるセレスとは正反対だ」
「他人の言動なんか気にしなくていい。魔力の量なんてただの個性だろ。それを蔑む奴らの方が低俗なんだ。いま俺は、魔力がなくても使える魔道具を開発している。近いうちに、魔力のある人と同じように生活できるようになる」
「ほんと……?」
クリュメさんとおんなじことを言う。新しい魔道具かぁ。もし本当にそうなれば、僕らの扱いも変わっていくかもしれない。好きなものを食べられるし、好きな仕事に就ける。そして何より、親に捨てられなくて済む子どもが増えるだろう。
セレスはその研究の為もあって、毎週治療院を訪れていたらしい。ついでに僕の様子を聞いたり、僕を食事に誘いに来ているのはみんなわかっていたみたいだけど……
「子どもの頃……俺たちは一度会ってる」
「え?」
「10歳くらいだったか。俺は魔力を制御できなくて、公園で近くにいた子どもを傷つけてしまった。それがウェスタ、お前だ」
「覚えて、ない……」
「ウェスタは小さかったからな。俺は貴族として周囲と積極的に関わるよう言われていたんだが、元々の性格がこうだ。当時も自分から人に関わっていくのが苦手で、鬱屈が溜まっていたんだ。昔はよく魔力を暴発させて周りのものを吹き飛ばしたりしてた」
この寡黙なセレスが小さい頃はがんばってたのか……。それはなんだか、いまの姿を見せて無理に頑張らなくていいって言ってあげたくなるな。
ていうか、ネーレ先生がなにか言ってたなぁ。これか!
「ウェスタは腕に大怪我を負ったのに、落ち込む俺を笑顔で慰めてくれた。それに、『そのままでいい』『無理したら疲れる』って大人顔負けの顔で言ってくれたんだ」
「それはまた……僕らしいな」
「ウェスタのおかげで、俺は前を向いて自分らしく生きられるようになった。再会して気づいたことがある。俺は、あのときからずっと……お前に恋したままだ。好きなんだ。純粋に……心から」
――こんな殺し文句があるだろうか。
アメシストの瞳は真剣だ。普段はあまり喋らないセレスから、自分の気持ちが本物だと、わかってほしいという意志が伝わってくる。
立場的にはセレスこそ自信を持っていいはずなのに、僕に懇願するかのように手を握っているなんて、変な感じだ。
緊張で冷えた指先を温めるように、僕はセレスの手をそっと握り返した。
「じゃあ、両想いってことだね。嬉しい……」
純粋に感じたことだけが、言葉となって口から転がりでる。
問題は山積みだけれど、少なくともセレスは身分や地位の隔たりを気にしていない。それに倣いたいと思った。
「ウェスタ」
セレスの顔が近づいてきて、目を閉じる。まるで壊れものに触れるみたいに、唇がそっと重ねられた。
その優しさに胸が締め付けられて、痛いくらいだ。――それは初めて知る、幸せの痛みだった。
「泣くな」
キスで涙を吸いとられて初めて、自分が泣いていることに気づいた。綺麗な水の中を泳いでいるみたいに、視界の中でセレスが揺れる。僕をまっすぐと見つめてくるセレスは、何よりも輝いて見えた。
「嬉しくて……」
もう遠慮なんてしてやらない、と自分から抱きついた。細く見えるのに、僕よりもずっと大きくて筋肉のついた身体。胸に耳を当てると、ドクドクと内側で強く拍動する心臓の音が聞こえた。セレスも嬉しいんだよね?
腕で逞しさを感じながら、僕のものだ、と思った。
「あぁ、俺も嬉しい。ウェスタのものだよ。ずっと前から」
「大好き」
「俺の方が好きだよ」
ふふっ、と本当の笑みが溢れた。なんだこれ、バカップルみたいじゃないか。
ひとしきり甘い空気を楽しんでから、僕らはベッドへと向かった。
寝室でも豪華な調度を見て、足がすくむ。僕はここが王宮であることを改めて認識した。
今日行った高級娼館も豪勢だったけど、やはり格が違う。そういえば……あの娼館とあの人達はどうなったのかな。食事のあと、セレスは誰かから報告を受けていたから聞いてみる。
「娼館に被害はほとんどない。俺が壊した扉くらいか……あれは弁償すれば大丈夫だろう。拉致の首謀者と加担していた奴らも捕まった。あの魔法師は……いくら魔法師といえど罪は免れないだろうな」
「そう……」
あの男にされたことを思い出して反射的にぶるっと震えると、優しく抱き寄せられた。大丈夫、いまは安心できる場所にいる。
「こういうことを危惧して、俺たち魔法師と魔力を持たない人の関係性は秘匿してきたんだ。自然に出会って一緒になるぶんには問題ないが、無理矢理自分の傍に置いたり、第三者が勝手に介入してくることを俺たちは望んでいない」
魔法研究局のなかでも、クリュメさんは女性と結婚して子どもまでいて、ロディー先生にも女性のパートナーがいるらしい。どちらも相手には魔力がないとのことだ。
不思議と惹かれ合うことが多いものの、そもそもの絶対数が少ない者同士だ。特に魔法師は一途で、パートナーを見つけたあとそれはそれは大切にするらしい。
なぜなら、僕たちは差別されているといえど理解者さえ見つけられれば、好きな人と結ばれることや結婚も夢ではない。
一方魔法師たちは尊敬される立場ではあるが、相手に魔力があると子どもは作れないし、完全なプラトニックを保たなくてはならない。貴族であればなおさら相手は制限されるだろう。
そう考えると、アクロッポリの魔法師たちが高潔な考えを持っているというのは、ある意味奇跡かもしれない。
「……ありがとう」
「なにがだ?」
僕はセレスの腕の中でぐっと伸びをして、言葉の代わりに唇を重ねた。目を瞑ってふにふにと感触を楽しむ。柔らかくて温かい。
あぁ、気持ちの通じ合ったキスはこれだけで気持ちいいのか……大発見だ。
そのうち、お互い我慢できなくなったように口づけは深まっていく。
「はぁっ。……んんっ」
上顎をくすぐられると弱い。頭がぼうっとして、そのまま身を任せたくなってきた。
期待と緊張で目の奥がチカチカする。
しかし――
だんだんとセレスの動きは緩慢になった。心なしか身体にかかる腕が重い。
(眠そう……)
きっと僕を探していた間、ろくに寝ていないんだろう。僕の方がよっぽどちゃんとした睡眠を取っていた。
ふふっ。思わずキスを中断して笑ってしまった。セレスの目は半分閉じている。
こんなの、ご飯を食べながら眠気に負ける幼児みたいだ。かわいい。
お腹に当たってるブツは可愛くないくらい主張してるけど……
「抜いてあげよっか?」
僕はセレスを甘やかしたくなって聞いた。ちょっと舌を出して「舐める?」という意味も伝わるように。
「いい。そんなこと、しなくていい……。ごめん、寝よう……」
セレスは一瞬瞠目し顔を赤くしたが、ハッと思い出したように強く否定した。僕の頭を胸に押し付けるように、ぎゅうっと強く抱擁してくる。
もしかして、今日僕がされたこと気にしてるのかな〜。いや、当然か。
確かに僕もいまは、やろうとしても想像するだけで無理な気がしてきた。すごい……セレスは、僕よりも僕のことわかっているんじゃないかな?
「すき。だいすき……」
もう眠ってしまっているセレスに向けて、抑えきれない想いを舌に乗せた。言葉は暗闇にそっと溶けていく。
今宵は怖くない。心の中に光が灯ったように温かい心地だった。
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